、一ツ宛《ずつ》丸裸体《まるはだか》の人間の死骸が括《くく》りつけてあるのです。しかも、よく見ると、それは皆最前まで生きていた私の戦友ばかりで、めいめいの襯衣《シャツ》か何かを引っ裂いて作ったらしい綱で、手足を別々に括って、木の幹の向うへ、うしろ手に高く引っぱりつけてあるのですが、そのどれもこれもが銃弾で傷ついている上に、そうした姿勢で縛られたまま、あらゆる残虐な苦痛と侮辱とをあたえられたものらしく、眼を抉《えぐ》り取られたり、歯を砕かれたり、耳をブラリと引き千切《ちぎ》られたり、股《もも》の間をメチャメチャに切りさいなまれたりしています。そんな傷口の一つ一つから、毛糸の束のような太い、または細長い血の紐《ひも》を引き散らして、木の幹から根元までドロドロと流しかけたまま、グッタリとうなだれているのです。口を引き裂かれて馬鹿みたような表情にかわっているもの……鼻を切り開かれて笑っているようなもの……それ等がメラメラと燃え上る枯れ葉の光りの中で、同時にゆらゆらと上下に揺らめいて、今にも私の上に落ちかかって来そうな姿勢に見えます。
 そんな光景を見まわしている間が何分間だったか、何十分だったか、私は全く記憶しません。そうして胸を抉られた下士官の死骸を見つめている時には、自分の胸の処を、釦《ボタン》が千切れる程強く引っ掴んでいたようです。咽喉《のど》を切り開かれている将校を見た時には、血の出るのも気付かずに、自分の咽喉仏の上を掻き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》っていたようです。下※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]《したあご》を引き放されて笑っているような血みどろの顔を見あげた時には、思わず、ハッハッと喘《あえ》ぐように笑いかけたように思います。
 ……現在の私が、もし人々の云う通りに精神病患者であるとすれば、その時から異常を呈したものに違いありません。
 すると、そのうちに、こうして藻掻《もが》いている私のすぐ背後で、誰だかわかりませんが微《かす》かに、歎《た》め息《いき》をしたような気はいが感ぜられました。それが果して生きた人間のため息だったかどうかわかりませんが、私は、何がなしにハッとして飛び上るように背後《うしろ》をふり向きますと、そこの一際《ひときわ》大きな樹の幹に、リヤトニコフの屍体が引っかかって、赤茶気《あかちゃけ》た枯れ葉の焔《
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