ですが……
 今お帰りになったのは……
 お宅のお嬢様ですか……
 禿頭はだまって三平を見上げ見下した。ギョロリと眼を光らした。
 そうです……
 私の娘です……
 何か御用ですか……
 三平はホッと胸を撫で下した。
 ああ助かった……
 やっと安心した……
 禿頭は呆れた。三平の様子を穴のあく程見た。
 三平は禿頭の顔を見た。急に声を落して眼を円《まる》くして云った。
 タ大変ですぜ……
 お嬢さんはね……
 どっかの男と……
 今夜駈け落ちの相談を……
 三平は突き飛ばされて尻餅を搗《つ》いた。
 禿頭は睨み付けた。
 馬鹿野郎……
 あっちへ行け……
 三平は禿頭の見幕に驚いた。起き上りながらあと退《ずさ》りをした。娘が小格子から顔を出した。
 三平は慌てて逃げ出した。

     ―― 3 ――

 三平は考え考え歩いた。フト頭を上げると警察の前に来ていた。暫く立ち止まって考えていたが思い切って中に這入った。
 警官が二三人かたまってあくびをしていた。三平が這入って来ると肘《ひじ》とお尻にベッタリくっ付いた泥に眼を付けた。
 三平はヒョコヒョコお辞儀をしながら事情を話した。
 どうぞ娘を助けてやって下さい……
 警官は三人共ニヤニヤ笑った。
 一人の警官は煙草に火を点《つ》けた。
 今一人の警官は鬚《ひげ》を撫でながら三平に云った。
 よしよし……
 わかったわかった……
 安心して帰れ……
 三平は張り合い抜けがしたように三人の警官の顔を見まわした。シオシオとうなだれて出て行った。
 三平を見送った警官は顔を見合せてドッと笑い崩れた。

     ―― 4 ――

 三平は真暗になってから材木問屋へ帰った。
 親方は三平を見るとイキナリ怒鳴り付けた。
 どこへ行ってやがったんだ……
 間抜けめ……
 芝居気狂いもてえげえにしろ……
 三平は一縮みになった。お神さんからあてがわれた御飯を掻っ込むとすぐに二階へ上った。煎餅布団《せんべいぶとん》を敷いて頭からもぐり込んだ。

     ―― 5 ――

 三平は布団から顔を出して見まわした。仲間は皆寝静まっている。
 三平は起き上って帯を締め直した。押入から鳶口《とびぐち》を持ち出しかけたが又|仕舞《しま》い込んだ。腕を組んで考えたがポンと手を打ち合わせた。ソロリソロリと二階を降りた。
 三平はあたりを見まわし
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