事を申し上げます。私はこの山の森の精で御座います。ずっと前にこの国の王様が狩りにお出でになった時にこの洞穴へ御入りになって、私と夫婦のお約束をなさいました。その後この皇子がお生まれになりましたが、私は一歩もこの洞穴を出ることが出来ませんので、仕方なしに皇子を一匹の犬にして王様のお傍へ差し上げました。お母さんなしでは誰も本当の皇子と思わないからで御座います。今日、皇子は王様がお亡くなりになってから暫く私に会いませんので、会いたくてたまらず、猫を追っかけるふりをしてここまで来られたのだそうで御座います。もう仕方が御座いません。なにとぞ王宮へ皇子をこのままの姿でお連れ下さいまし」
 皆は、王子の顔が王様とこの森の精の女によく似ているのに気がついて、皆ひれ伏してお辞儀をした。そうして王宮にお伴をして、今一度この若い美しい王様のためにお祝いをしました。
 若い王様はその後、暇さえあれば森に行ってお母様に会うのを何より楽しみにしておりました。



底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1922(大正11)年12月
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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