得ないまま、何がなしにうなだれてしまった。帽子を片手にスゴスゴと編輯室を出て、一気に階段を駈け降りた。
 東中洲のカフェーに飛び込むと、昔なじみの女給連中が、鬨《とき》の声をあげて立ち上って来た。
「……まあ……めずらしいじゃないの……まあ……」
「どうしたの……あんたは……この頃……」
「いらっしゃアアい」
 私は薄暗い雪洞《ぼんぼり》の蔭から、眼を据えて睨み付けた。
「八釜《やかま》しい……ウイスキーを持って来るんだ」
 そう怒鳴り付けた私の眼の前に、早くもあの鯉幟の幻影が浮かみあらわれた。黒と、緑と、赤の滴雫《したたり》を、そこいら中に引きずり散らした……ダラリと垂れ下がった……。



底本:「夢野久作全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年9月24日第1刷発行
底本の親本:「冗談に殺す」春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
入力:柴田卓治
校正:しず
2000年9月26日公開
2006年3月13日修正
青空文庫作成ファイル:
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