だと吐《ぬか》すんだ」
「失敬な……」
と云いさして私は唇を噛んだ。気がつくと二人はいつの間にか工科前の終点で電車を降りて、往来のまん中で立話をしているのであったが、そういう私の顔をジッと見ていた大塚警部はチョット四囲《あたり》を見まわすと、黄色い白眼をキラキラ光らせながら、一層顔を近付けた。
「君の手で確かな手証《てしょう》を挙げてくれんか……エエ?……推定でない具体的な奴を……そいつを新聞に書く前に、僕の手に渡してくれれば、スッカリタタキ上げて君の方の特別記事《とくだね》に提供するがね。君の手から出たタネだという事も、絶対秘密にするのは無論の事、将来キット恩に着るよ。あの記事が虚構《うそ》となったら君の新聞でも困るじゃろう」
私は唸《うな》り出したいほどジリジリするのを押えつけて、無理に微笑した。
「ウン……いずれ編輯長と相談して研究して見よう」
「ウン、是非頼むよ。ドウセイ時枝の娘に間違いはないんだから……話がきまったら電話をかけて呉給《くれたま》え。屍体でも何でも見せるから……ウンウン……」
大塚警部は一人で承知したように、形式だけ片手をあげると、クルリと私に背中を向けて、サッサと筥崎署の方へ歩いて行った。そのうしろ姿を見送りながら私は、昨日のまま上衣《うわぎ》のポケットに這入っている、ヨシ子の名刺と質札を、汗ばむ程握り締めた。いつの間にか私自身が、大塚警部の手中に握り込まれていることに気が付いて……。
私は急に身を飜すと、案内知った法文学部の地下室へ駈け込んで、交換嬢に本社の編輯長を呼び出してもらった。
「モシモシ。僕は今法文学部の交換室からかけているんですがね。昨日の夕刊の記事ですね。あれは取消を申込んで来る奴があっても、絶対に受け付けないで下さい」
編輯長の上機嫌の声が受話機に響いた。
「ああ。わかっている。今朝六時頃にネエ。佐賀の時枝のオヤジが僕の処へ駈け込んで、取消しの記事を頼んだよ。それから九大の寺山博士がツイ今しがた本社《ここ》へやって来て、早川という男は自分の処に居るには居るが、色魔云々の事実は無いようである。それから、これは眼科の潮《うしお》教授の代理として云うのだが、時枝という看護婦が眼科に居た事もたしかだが、四箇月ばかり前からやめているので、新聞の写真と同一人であるかどうかは不明だ……といったような下らない事をクドクド云っていたが、どっちもいい加減にあしらって追い返しておいたよ」
「感謝します」
「あとの記事は無いかい」
「……あります……時枝のおやじと九大内科部長があなたの処へ揉《も》み消しに来た事実があります」
「アハハハ、一本参ったナ。しかし何かそのほかに時枝の娘に相違ないという確証はないかい」
「あります……ここに持っています。死んだ娘が悲鳴をあげる奴を……」
「そいつは新聞に出せないかい」
「出してもいいですけど屍体を掻きまわして掴んで来たものなんです。検事局へ引っぱられるのはイヤですからネエ」
「いいじゃないか。あとは引受けるよ」
「……でも……あなたと一緒に飲めなくなりますから……」
「アハハハハ。そうかそうか。サヨナラ……」
「……サヨナラ……」
それから三四十日経った或る蒸し暑い晩の事、私は東中洲《ひがしなかす》のカフェーで偶然に私服を着た大塚警部に出会《でっくわ》した。警部は誰かを探しているらしかったが、私が声をかけると、すぐに私の卓子《テーブル》に来てビールを呼んだ。その顔を見ているうちにフト思い出して尋ねて見た。
「時にどうしたい……アノ事件は……」
「……アノ事件?……ウンあの事件か。あれあアノマンマサ。医学士は二人とも君のお筆先に驚いたと見えて、その後神妙にしているよ」
「イヤ。女の身許の一件さ」
「ウン。あれもそのまんまさ。今頃は共同墓地で骨になっているだろうよ。可哀相に君のお蔭で親に見棄てられた上に、恋人にまで見離された無名の骨が一つ出来たわけだ」
「……………………」
「何でも女が線路にブッ倒れてから間もなく、色男の医学士らしい、洋服の男が馳けつけて、懐中や帯の間を掻きまわして、証拠になるものを浚《さら》って行ったという噂も聞いたが、その時刻にはその色男は、チャント下宿に居ったというからね。どうもおかしいんだ」
「……ウーン……おかしいね……」
「……とにかくあの別嬪《べっぴん》は、君が抹殺したようなものだぜ。その色男というのは君だったかも知れんがネ……ハッハッハッまあええわ。久し振りに飲もうじゃないか」
二人はそれから盛んにビールを飲んだが、私は妙に大塚警部の云った事が気にかかって、どうしても酔えなかった。しまいには自棄気味《やけぎみ》になって、警部が出て行くのを待ちかねてウイスキーを二三杯、立て続けに引っかけると、ヤット睡くなって来たが、ウトウ
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