って来るかも知れぬが……というのがお神さんの話の概要であった。
私は礼を云って荒物屋を出ると又引っかえして、花房の近所をまわって、二三の事実を確かめてから本社へ帰った。
「……死んだ愛妻と胎児の墓に、鯉幟を立てて行方を晦《くら》ました男……あとに餓死を待つ高齢の祖母……」
といったような記事が、その墓の鯉幟と、蚊帳の前に坐った老婆の写真と一緒に出たのは、あくる日の朝刊であった。それを台所で読んだ私の妻が、
「マア。誰がこんなイヤな記事を書いたんでしょう」
と云ったので私は思わず苦笑させられた。
『記者様――
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私ハ、アナタノ新聞ノ記事ヲ読ンデカラ眼ガ醒メマシタ。私ハ妻子ヲ失ッタ悲シサノタメニ酒色ニ溺レテ、恵ミ深イ大恩アル祖母ノ事ヲ忘レテオリマシタ。柳町、大浜ト飲ミマワッテ、化粧ノ女ト遊ビ狂ウテオリマシタ。ソウシテ、アノ新聞記事ヲ見マシテカラ、ヤット昨晩、家ニ帰ッテ見マシタラ、祖母ハ蚊帳ノ釣手ニ、妻ノ赤イ細帯ヲカケテ、首ヲククッテ死ンデオリマシタ。足ノ下ニ御社《おんしゃ》ノ新聞ノ、アノ写真ノトコロガ拡ゲテ置イテアリマシタ。誰カ近所ノ親切ナ人ガ投ゲ込ンデ下サッタノデショウ。
記者様――
アノ鯉幟ノ棹ハ、私ガ酔ッタ勢イデ立テタモノデスガ、ソレガ記者様ノオ眼ニ止マッテ、コンナ不孝ナ恥ヲ晒《さら》ソウトハ夢ニモ思イマセンデシタ。シカシ私ハ、ドナタ様モ怨ミマセン。何モカモ、私ガ修養ガ足リナイタメニ、起ッタ事デス。私ハ皆様ニ対シテ申訳アリマセンカラ自殺シマス。ドウゾコノ大馬鹿者ノ最期ヲ、アナタノ筆デ、デキルダケ大キク世間ニ発表シテ下サイ。御社ノ御繁栄ヲ祈リマス。
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五月十一日[#地から2字上げ]花房敬吾
福岡時報 記者様』
編輯長は、洋半紙に鉛筆で書いたこの手紙を、私の前に投げ出しながらフフンと笑った。
「ツイ今しがた来たんだ。その男はその手紙をポストに入れると、嬶《かかあ》の墓に参って、幟の細引を首に捲いて、鯉と一緒にブランコ往生をしていたんだ。二時間ばかり前に、あの松原を通った下り列車の乗客が見つけたんだがね、足下にウイスキーの小瓶がタタキ付けたったそうだよ……ハハハハハ」
私は茫然として編輯長の顔を凝視した。編輯長はやはり冷笑を浮めながら云った。
「君の筆もだいぶ立つようになったね」
私は笑いもドウもし
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