であった下り四二一号列車の轍《わだち》にかかって、かくも無残の……云々……
[#ここで字下げ終わり]
ここまで読んで来ると私は、内心大得意の顔を上げて、電車の中を見まわした。当てもない咳払いを一つして反《そ》り身《み》になった。
ところがその翌る日のこと……。
昨日《きのう》取り損ねた九大工学部の記事を、漁《あさ》りなおしに行くべく、今川橋の下宿から、電車で筥崎の終点へ行く途中、医学部前の停留場を通過すると、職業《しょうばい》柄懇意にしている筥崎署の大塚警部が飛び乗って来たので、脛《すね》に傷持つ私はちょっとドキンとさせられた。
大塚警部は私よりも十五六ぐらい年上で、二三度一緒に飲みに行ってからというもの、同輩みたように交際《つきあ》っている。かなり狡《ずる》いところのある男であるが、殆んど空っぽになっている電車の片隅に、私の姿を発見すると、ビックリした表情をしながら、ツカツカと私の横に来て、二十貫目あるという大きな図体をドタリと卸《おろ》した。それからサアベルを股倉に挟んで、帽子を阿弥陀にして赤ッ面《つら》の汗を拭き拭き、頗《すこぶ》る緊張した表情で、内ポケットから新聞を引き出すと、無言のまま、私の鼻の先に突きつけた。見ると私が書いた昨日の夕刊記事の全部に、毒々しい赤線が引いてある。
私はわざとニッコリしてうなずいた。その私の顔を大塚警部はニガリ切って白眼《にら》み据えた。
「困るじゃないか……こんな事をしちゃ……僕等を出し抜いて……」
「フフン、何もしやしない。工学部の正門を這入ろうとしたら、鉄道線路の上に真黒な人ダカリがしていた。行って見たらこの轢死だった……というだけの事さ……」
「女の身元はどうして洗った」
「屍体の左手の中指の先にヨディムチンキが塗ってあった。別段腫れても、傷ついてもいないところを見ると、刺《とげ》か何かを抜いたアトを消毒したものらしいが、ヨディムチンキをそんな風に使う女なら、差し詰め医師の家族か、看護婦だろう」
「……フーム……ソンナモンカナ」
「ところで服装を見ると看護婦は動かぬところだろう。同時に下駄のマークを見ると、早川の下宿の近所で買っている。そこで取りあえず九大の看護婦寄宿舎の名簿を引っくり返してみたら、時枝という有名なシャンが三月《みつき》ばかり前から休んでいる。もしやと思って原籍を調べたら驚いたね。佐賀県|神野
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