ところを明白に認める事が出来る。
 すなわち翁の行動には智力を用いた形跡がない。何でも行きなりバッタリの無造作、無鉄砲を以《もっ》て押通して行くところに、翁の真面目《しんめんもく》が溢るるばかりに流露している。そうしてその真面目が、日常茶飯事に対しては意表に出づる逸話となり、国事に触れては鉄壁を砕く狂瀾怒濤となって行くもののようである。
 蛇《じゃ》は寸《すん》にして蛇《へび》を呑む。翁が十歳ばかりの年の冬に家人から十銭玉を一個握らせられて、蒟蒻《こんにゃく》買いに遣《や》られた。その頃の蒟蒻は一個二厘、三厘の時代であったから、定めし十個か二十個買って来いという家人の註文であったろう。
 ところが十幾歳の頭山満は蒟蒻屋の店先に立つと黙って十銭玉を一個投出したので、店の主人は驚いた。
「これだけミンナ蒟蒻をば買いなさるとな」
 翁は簡単にうなずいた。
 蒟蒻屋の主人は蒟蒻を山のように数えて、翁の前に持って来た。
「容れ物をば出しなさい」
 翁はやはりだまって襟元《えりもと》を寛《くつろ》げた。ここへ入れよという風に、うつむいて見せた。そうして主人が驚いて見ているうちに、氷よりも冷たい蒟蒻の山を懐中《ふところ》に掴み込んで、悠々と家《うち》へ帰った。
 頭山翁は終生をこの無造作と放胆振りでもって押通している。
「俺は無器用な奴じゃがのう。しかし、その無器用な御蔭で、天下の形勢の図星だけは見外《みはず》さぬようになっとる」云々。
「しかしこの頃俺に書画、骨董《こっとう》や、刀剣の鑑定を持込んで来るには閉口しとる。一番わからん奴の処へ見せに来る訳じゃからの。ハハハハ」

 グロの方ではコンナ傑作がある。
 大阪に菊地なにがしという市長が居たことがある。仲々の遣手《やりて》でシッカリ者という評判であったが、これに頭山先生が、何かの用を頼むべく会いに行った事がある。同伴者は先生の親友で、後《のち》の玄洋社長の進藤喜平太氏であったというが、市長官舎の応接室に通されて待てども待てども菊地市長が現われて来ない。天下の豪傑、頭山満が来たというので、才物の菊地市長尊大ぶって、羽根づくろいをするために待たせたものらしいという後人《こうじん》の下馬評である。
 ちょうどその時に頭山先生は、腹の中でサナダ虫を湧かして、下剤を飲んでいたので、そいつが利いたと見えて待っているうちに尻の穴がムズムズして来た。そこで頭山先生|懐中《ふところ》から股倉へ手を突込んで探ってみると、何かしら柔らかいものがブラリと下っている。抓《つま》んで引っぱってみると、すぐにプツリと切れてしまった。股倉から手を出してみるといかにも名前の通りに白い、平べったい、サナダ紐《ひも》みたいなものが一寸ばかりブラブラしている。
 見ると目の前に、見事な金|蒔絵《まきえ》をした桐の丸胴の火鉢があったので、頭山先生その丸胴の縁《ふち》に件《くだん》のサナダ虫を横たえた。進藤喜平太氏も不審に思って覗いてみたが、何やらわからないので知らん顔をしていたという。
 そのうちに又、頭山先生のお尻の穴がムズムズして来たので、又手を突込んで引っぱると、今度は二寸ばかりの奴が切れ離れて来たヤツを、やはり眼の前の火鉢の縁へ、前の一片《ひときれ》と並べておいた。察するに頭山先生いい退屈|凌《しの》ぎを見付けたつもりであったろう。悠々と股倉へ手を突込んでは一寸、又二寸とサナダ虫の断片を取出して、火鉢の縁へ並べ初めた。
 誰でも知っている通りサナダ虫は一|丈《じょう》も二丈もある上に、短かい節々のつながりが非常に切れ易いので、全部を引出し終るにはナカナカ時間がかかる。とうとう火鉢の周囲《まわり》へ二まわり半ほど並べたところへ、やっとの事、御大将の菊地市長が出て来た。黒|羽二重《はぶたえ》五つ紋に仙台平《せんだいひら》か何かの風采堂々と、二人を眼下に見下して、
「ヤア。お待たせしました」
 と云いながら真正面の座布団に坐り込んだが、火鉢の縁へ手を載せたトタンにヒイヤリとしたので、ちょっと驚いたらしく掌《てのひら》を見ると、白い柔らかい、平べったい、豆腐の破片みたようなものが手の平へ二三枚ヘバリ付いている。嗅いでみると異様なたまらない臭いがする。菊地市長いよいよ驚いたらしく背後《うしろ》をかえりみて女中を呼んだ。
「オイオイ。この火鉢の縁の……コ……コレは何だ」
 女中が真青に面喰った。ちょっと見たところ、正体がわからないし、自分が並べたおぼえがないので、返事に窮していると頭山先生が静かに口を開いた。
「それは僕の尻から出たサナダ虫をば並べたとたい」
 菊地市長は「ウワアッ」と叫んで襖《ふすま》の蔭に転がり込んで行ったが、それっ切り出て来なかった。
 二人は仕方なしに市長官舎を辞したが、門を出ると間もなく正直者の進藤喜平太
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