は、大部分脚のシビレを助かったというが、それでも中央の通路に突立っていた者は二三人引くり返ったくらい盛大荘重なものがあったという。
 そのうちに正午から夕方迄かかって、やっと葬式が済んだので会衆一同は、思わずホッと溜息をした。その音が、ゴーッと堂内に溢れて、急行列車の音に似ていたというが、マサカそれ程でもなかったろう。
 そこへ棺担ぎが出て来て棺桶に太い棒を通した。そのまま、市営の火葬場へ持って行こうとすると、一番前の椅子に腰をかけていた市場の親友二三人が何事かタマリかねたらしく立ち上って馳けよった。
「……チョ……一寸《ちょっと》待ちなさい。こげな葬式で仁三郎が成仏出来るもんじゃない。ふうたらぬるい。もう辛棒が出来ん。カンニン袋の緒《お》が切れた。一寸貸しなさい。私達が担いでやるけに……オイみんな来い、ついでに前の花輪をば、二ツ三ツ借りて来い」
 魚市場だけに乱暴者が揃っていたからたまらない。得たりや応という中《うち》にテンデに羽織をぬいで棺桶を担ぎ上げた。牧師連中が青い目をグリつかせている前で花輪を二ツ三ツ引ったくるとその勢で群衆を押し分けて、
「ウアーイ。ワッショイ、ワッショイ」
 と表の往来へ走り出した、生魚《さかな》を陸上《あげ》るのと、おんなじ呼吸でどこを当てともなくエッサエッサと走り出したので消防組と市場の体験のある者以外は皆バタバタと落伍してアトにはイキのいいピンピンした連中ばかりが残って了《しま》った。
 そこで、ヤッと棺桶が立ち止った。
「オーイ、みんな揃うたかーア」
「後《あと》から二三人走って来よーる」
「ああ草臥《くたぶ》れた。恐ろしい糞袋《くそぶくろ》の重たい仏様じゃね――。向うの酒屋で一杯やろうか」
「オッと来たり、その棺桶は門口へ降《おろ》いとけ。上から花輪をば、のせかけとけあ、後《おく》れた奴の目印になろう。盗む者はあるめえ」
 一同はその居酒屋へなだれ込んで、テンデにコップや桝を傾けてグイグイと景気を付けた。
「サアサアみんな手を貸せ手を貸せ。ヨーイシャンシャン、ヨーイ、シャンシャンウアーイ」
 と一本入れた一同は、又もや棺桶を担ぎ上げて、人通りを押分け始めた。すると上機嫌で先棒を担いでいた湊屋の若い奴が向う鉢巻で長持唄を歌い始めた。
「アーエー女郎は博多の――え――柳町ちゃ――エエ」
「柳町へいこうえ」
「馬鹿! 仏様担いで柳町へ行きゃあ花魁《おいらん》の顔見ん内に懲役に行くぞ」
「ああ、そうか」
「とりあえずお寺へ行こうお寺へ行こう」
「仁三郎は何宗かい」
「仁三郎が宗旨を構うかいか」
「そんなら成丈《なるた》け景気のええお寺へ行こう」
「あッ。向うで太鼓をば敲《たた》きよる。あすこが良かろう」
「よし来た。行け行け。アーリャアーリャアーリャ。馬じゃ馬じゃ馬じゃ馬じゃい」
「エート。モシモシ和尚《おしょう》さんえ和尚さんえ。一寸すみませんがア……お葬式の色直しイ。裏を返せばエー」
「いらん事云うな、俺が談判して来る」
 博多|蓮池《はすいけ》町○○寺の和尚は捌《さば》けた坊主であったらしい。
「どうも後口《あとくち》が悪うて悪うてまあだムカムカします。一ツ景気のえいところで一ツコキつけて、つかあさい」
 という交渉を心よく引受けた。直《すぐ》に中僧小僧をかり集めて本堂の正面に棺を据え、香を焚《た》いて朗かに合唱し始めた。
「我昔所造諸悪業《がしゃくしょぞうしょあくごう》――一切我今皆懺悔《いっさいがこんかいざんげ》エエ――」
 まだ面喰っている小僧が棒を取り上げて勢よくブッ附けた。
「グワ――アアアンンン……」
 一同グッタリと頭を下げた。
「あッ。あああ……これで、ようよう元手《もと》取った」



底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年12月3日第1刷発行
底本の親本:「近世快人伝」黒白書房
   1935(昭和10)年12月20日発行
初出:「新青年」
   1935(昭和10)年4月号〜10月号
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2006年7月26日作成
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