族気質の持ち主であることもよく察しられるのである。
 こうした彼等の持前は、彼等の家を訪問して見ると一層よくわかる。
 彼等の家は台所の隅までチンマリと小奇麗である。彼等の応対振りもそうで、御馳走ぶりもこの範囲を免れない。一しきりはお世辞を云うがじきに黙ってしまう。よほど気を詰めて、当り当りだけ挨拶をしてサラリと引き上げなければ、こちらはともかくも、彼等の神経がお客に対してそう長く持ちこたえられないらしい。
 そんなら彼等は忙しいかというとそうではない。お客を追っ払った後は、水入らずでボンヤリしている。極く懇意な友達と寝ころんで話す。寄席に行く。講談や夕刊を読む。世間話をする。茶を飲んで寝るといったような風で、その趣味までも極めて消極的な文化式である。
 彼等はだから現代の文化に何者をも与えない。彼等は只批評をするばかりで、共鳴も反対もしない。只冷やかに笑って見ていたいのである。新聞の三面記事を見ても、つまりは「馬鹿だなあ」とか、「つまらねえ」とか云って、自分のプライドを満足させるだけであとは忘れてしまう。
 こうした消極的な文明的な「個人主義」が、江戸ッ子の智識階級をすっかり冷固《ひえかた》まらしているから、東京の市政が如何に腐敗していても、彼等には何等の刺戟を与えない。彼等の前にそうした記事を満載した新聞をさしつけても、彼等は只一渡り見まわして気の利いた批評をする位のことで、あとは顧みない。あくる日は、又何か別の面白い記事はないかと探している。
 だから選挙なぞは、彼等にとってうるさいものでこそあれ、責任感はすこしも受けない。天下の事に憤慨するよりも、一鉢の朝顔に水を遣る真実味を愛するといった風で、驢背《ろはい》の安きに如《し》かずという亡国の賢人に似たところがある。

     熊公八公の消息

 江戸ッ子の智識階級は亡びてはいない。しかし只《ただ》一人一人に生きているというだけで、世間とか、他人とかいうものとは深く関係する事を好まない。
 彼等の性格は、墓石のように、向う三軒両隣がお互に無関係でいたいのだ。彼等の魂は、燐火のように、お互に触れ合わずに、只自分自身だけ照して行きたいのだ。
 こうして彼等は彼等自身を葬ってしまっている。極端にデリケートな自覚のために、無自覚と同じ姿になってしまっている。それを最も利口な文明的生活だと思っている。彼等の霊魂は、こうして青白く、つめたく、浅い光りを放ちつつ、東京市中をさまようているのである。そうして田舎者を魘《おび》えさしているのである。
 流石の大地震も大火事も、彼等の自覚的無自覚を呼びさます事が出来なかったらしい。彼等は永久に彼等の墓原……都大路をさまようのであろう。
 しかし彼等智識階級ばかりが江戸ッ子ではない。まだほかにいろんなのが控えている。
 まっ先に飛出して来るのは熊公八公の一派で、記者が最も敬愛する連中である。記者みたいな田舎者を見ると、
「てめえ達あ、しるめえが……」
 と来るから無性に嬉しくなる。
 屋台店なぞをのぞくと、
「おめい、どこだい。フン九州か……感心に喰い方を知っているな。どうだい、一《ひと》ツ、コハダの上等の処を握ってやろうか。何も話の種だ。喰ってきねえ、ハハハ」
 という大道|傍《ばた》の親切が身に沁みて忘れられぬ。
 智識階級の連中はどうでもいいとしても、そんな連中は震災後どうしたか。いくらか昔の俤《おもかげ》を回復したか知らんと、見に行って見た。
 智識階級は主として山の手や郊外に居るが、彼等は大抵下町に居る。先ず神田辺から相生町、深川の木場、日本橋の裏通り、京橋の八丁堀、木挽《こびき》町、新富町あたりの彼等の昔の巣窟を探検して見ると、どうしたことか彼等の巣窟らしい気分がちっともない。
 ひる間ならオッカーのスタイルや、井戸端ではない共用栓の会議ぶり、朝夕なら道六神や兄いの出這入り姿、子供の遊びぶりを見ると、すぐに江戸ッ子町なると感づかれるのである。さもなくとも理髪店のビラの種類、八百屋や駄菓子屋の店の品物、子供相手の飴細工《あめざいく》や※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉細工《しんこざいく》の注文振りを見ても、ここいらに江戸ッ子が居るなと思わせられるものである。それが震災後のバラック町になってから、そんな気はいがちっとも見当らなくなった。
 神田の青物市場付近なぞは随分神経をとんがらして見たが、成る程、江戸ッ子らしい兄いや親方が大分居るには居るけれども、よく見ると、彼等のプライドたる鉢巻きのしぶりや売り買いの言葉なぞに、昔のような剃刀《かみそり》で切ったような気が見えぬ。その他、朝湯に行くらしい男のスタイルを見ると、頭の恰好、着物の着こなし、言葉付き、黒もじのくわえぶりに到るまで、非常に平凡化しているのは事実である。
 記者は
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