その売れ残りの特徴を聞いてみたら、各区民の生活状態を考えるために面白い材料になるだろうと思ったが、あまり大袈裟になりそうなのでやめにした。
 広告を見てもこの傾向――新東京人の勢力がわかる。
 先ず東京市内の大商店の広告をいろいろ見比べて見ると、第一に信用戦で暖簾《のれん》を守り、次第に流行戦に移って他を圧倒してやろうという気合いが見える。
 或る呉服屋が一流どころの画家を集めて裾模様の展覧会を遣ると、一方では西陣の腕ッコキ連を呼び出して友禅染の品評会をやるといった調子である。出来る限り一般の批評に訴えて信用ある仕事をしたいという傾向が、震災後すべての方面に見えるが、これなぞもその一つであろう。
 この辺まではまだ民衆的といいながら上品な方で、東京カブレをした田舎者釣りという気持ちがすくない。つまりバラック気分が薄い方であるが、この以下となるとそうした気味合いが特に露骨になって、地方人の眼をまわすような実例が到る処に発見される。
 尤も東京は元来こうした処で、何も今更驚くには当らぬと思う人があるかも知れぬ。又実際その通りであるが、只その風《ふう》がバラック以来東京の全市に拡がっただけが昔と違うのである。東京市中の最大と称する以下の商店は全部が全部、広告戦の人呼び戦と云って差支えない。その中で昔風の商売振りをしてこの風潮に対抗しているのは、前記の大商店だけと云ってもいい位である。
 言葉を換えて、東京の商売の中心である下町の商売振りは、全然バラック式になったと云う方がわかりいいであろう。実例を挙げるまでもあるまいが、眼に止まったままを前後お構いなしに左に掲げて見る。
「最新の学説である問題の『若返り法』はわざわざ九州クンダリまでお出《いで》にならずとも当店で達せられます。当店の最新流行の衣裳をお召しになれば……」
 云々の大文字をお祭の大|燈籠《どうろう》位の箱に書いて、下に禿頭と大|丸髷《まるまげ》が狸《たぬき》と手を引合ってダンスをやっている絵が描いてあるかと思うと、家伝「禿頭病専門名薬」という広告が何かの新聞に出ていた。いずれも九州帝国大学の向うを張ったものらしく、ここに書くのも失礼な位である。
 序《ついで》にお医者様の方を挙げると、或るお医者様は排米問題が起るとすぐに、表に「米国人の診察お断り」という張り札をして都人士の眼を驚かした。その註に曰《いわ》く……米国人は日本人を獣《けもの》扱いにした……そんな獣の眼まで診察してやる義務はない……と。今に親米になったらどうするだろうと思うが、そんな事は構わない。目下の人気さえ取れればというつもりらしい。

     「商品の民衆化」とは

 今一つ、記者の「眼」を驚かした眼のお医者がある。銀座尾張町の四辻で電車を待っていたら、袢纏《はんてん》着の男がビラを一枚|呉《く》れた。活動の引き札かと思ったら大違い。
「あなたの眼は健康ですか。文明社会の生活では眼ほど大切なものはありませぬ。眼の良し悪しは直《すぐ》に一身の安危になるのですから、不断の注意を怠ってはなりません。おわかりになりましたならば、○○ビルディング何号医学博士の診察所へいらっしゃい。何曜と何曜は診察無料です」
 という意味で、福岡市のお医者様でこんな事をやったら、忽ち仲間外れにされそうな広告である。
 人格と徳義を最も大切にするお医者様の、しかも何々博士と銘打った人までがこうした最新式の営業振りを見せる程、震災後の東京の商売は発達しているのだから、他は推して知るべしである。勿論、蒸溜水を注射して十円取るのと違って、国家に貢献する事は大であるが。しかもこういった式がバラック以来の流行である事は間違いない。先年、京都で或るお医者様がビラを配って大問題になった事を考えると、隔世の感があるのである。
 特に九大を有する福岡市のために書き添えておく。
 次に御紹介をしておきたいのは、「商品名懸賞募集」と「価格懸賞投票」という二つの広告法である。この方面の智識に暗い記者は未だ福岡市でこの種のものを見た事がないから、バラック式の一例として挙げたのであるが、珍らしくなかったら御免なさい。
 商品名募集というのは、鼻紙とか鉛筆とかいうものの新製品を、繁華な往来に並べて価格を付けておく。買いたい人は買うのであるが、その紙なら紙が上等なわりに価格が安いのに、何という紙か名前が付いていない。
 その側に大きな看板を立て、
「名前をつけて下さい
   (商品の民衆化)
 皆様の文化的要求に応じて
   新しく生れたこの紙に……」
 と大書して、締切り期日や審査員の文士? の名前となにがしかの懸賞金額が赤丸付きで発表してある。その傍《かたわら》には鉛筆五六本と紙と投票箱が置いてある。
 こうして一月ばかりして開票されると、投票数が何千何百人、
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