かった。切れ上った眥《めじり》と高い鼻筋が時代めいて、どことなく苦味の利いた細長い顔が、暗い店の中からニッコリして出て来ると、男でもオヤと思う位だったので、大袈裟な意味でなしに直方中の女という女の評判になって来たものであったが、それでも銀次は固い人間と見えて、遊びに行くフリも見せなかった。どこまでもお客様大切、仏様大切といった恰好で、朝から晩まで暗い店の中で、物腰柔らかく立働らいたので、その翌る年の春頃になると、今までの店が狭くなるほど繁昌して来た。煮肴や何かも藤六と同じように朝早く自分で仕入れて来て、自分で料理するのであったが、それが仲々器用で美味《うま》いという評判であった。
 ところがその春頃になると又不思議な事に、あれ程執念深く直方に集中していた乞食連中がいつの間に、どこへ消えたのか殆んど一人も居なくなっていた。程近い英彦山《ひこさん》参りや、新四国参りの巡礼以外には探しても見当らなくなってしまった。人々はこうした現象を乞食の赤潮《あかしお》といって驚いていたし、警察側でも頻《しき》りに首をひねっていたが、しかし、こうした奇現象の原因は容易に考えられなかった。

 新暦の桃の節句の晩であった。
 いい月夜であったが店が割合に閑散で、珍らしく客が早く引けたので、銀次はチョット表に出て前後の往来を、月の光りで遠くまで見渡してみた。それからイツモの通りに慌しく表の板戸を卸《おろ》して小潜《こくぐり》の掛金をシッカリと掛け、裏の雨戸を閉めて心張棒《しんばりぼう》を二本入れた。藤六の位牌《いはい》の前に床を展《の》べて煤《すす》けたラムプを吹き消そうとすると、トタンに表の戸をトントンとたたく女の声がした。
「すみません。あけて下さい」
 銀次はチョットの間《ま》、その音を睨み付けて脅えたような顔をした。ラムプの下で屹《きっ》と身構えをしていたが、微かにチョッと舌打ちをすると寝間着の古浴衣のまま面倒臭そうに上り框を降りた。
 イザといえば直ぐにも飛掛りそうな身構えで、低い、狭い潜戸《くぐりど》を開けてやると、女は直ぐに這入って来た。
 十九か二十歳《はたち》ぐらいの見るからに初々《ういうい》しい銀杏髷《いちょうまげ》の小柄な女であった。所謂《いわゆる》丸ボチャの愛嬌顔で、派手な紺飛白《こんがすり》の袷《あわせ》に、花模様の赤|前垂《まえだれ》、素足に赤い鼻緒の剥《は》げ
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