一つも御座いませんので困りました。署員の意見を尋ねてみましても、ただこの事件と例の乞食の赤潮との間に、何か関係がありはせぬかという位の、まことにタヨリない意見で、事件の真相の報告書の書きようが御座いませぬ。そこで、ほかに手蔓《てづる》らしい手蔓は無いと思いましたけに、雲を掴むようなお話では御座いましたが、御留守中独断で福岡へ出張致しまして、只今の鍋墨雁八の口を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》りに参りました訳で御座いましたが、その時に私は思い切って、お花が死にました時の模様を詳しく雁八に話して聞かせますと、それならばと申しまして雁八が、残らず真相《どろ》を吐きました。涙をボロボロ流しておったようで御座いますが……つまり今度、巡礼お花に殺されました丹波小僧と、鍋墨の雁八とは、ズット以前に石見の山奥で、藤六の盃を貰うた兄弟分で御座いましたそうで……しかも雁八が聞いた噂によりますと、丹波小僧というのは藤六の甥どころではない。藤六が天の橋立の酌婦に生ませた実の子らしいという話で……」
「……ううむ。おかしいのう。それでは……何が何やらわからんようになるがのう」
「それがその……それを知っておったのは藤六だけで、本人は知らんじゃった筈と雁八は云うておりましたが……藤六はそんな風にして方々に児《こ》を生み棄てて来た男だそうで……」
「おかしいのう。それでも……」
「もうすこしお話しがあります」
「話いてみい」
「……ところが、それから後《のち》、藤六はその丹波小僧と雁八を一本立にして手離しましたアト、だんだん年を老《と》って仏心が附いたので御座いましょう。今一人居ります娘が、九州で巡礼乞食に化けて、女白浪《おんなしらなみ》を稼いでいるのに会いたさに、自分の縄張を鬼城《おにがじょう》の親分に譲って、石見の山の中から出て来て、この直方まで来て、落付いておりましたものらしく、集まって来た乞食共の中には、藤六の跡を慕うて来た奴どもが相当居ったものらしう御座います。……と申しますのは、つまり藤六が悪魔様に上げている黒穂《くろんぼ》を頂くと、自分の前科が決してバレぬ。一生安楽に暮される守護符《おまもり》になる……というので……もっとも雁八はその貰うた黒穂《くろんぼ》を白湯《さゆ》で飲んだと申しましたが……ハハハ……」

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 署長は感慨深そうに腕を組んで
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