。
「第一、先般、御承知の一パイ屋の藤六|老爺《おやじ》が死にました時に仏壇の中から古い人間の頭蓋骨と、麦の黒穂《くろんぼ》が出た事は、御記憶で御座いましょう」
署長はこの辺の炭坑主が寄附した巨大な、革張りの安楽椅子の中から鷹揚《おうよう》にうなずいて見せた。
「ウムウム。知っとるどころではない。それについてここの小学校の校長が……知っとるじゃろう……あの総髪に天神髯《てんじんひげ》の……」
「存じております。旧藩時代からの蘭学者の家柄とか申しておりましたが」
「ウムウム、中々の物識りという話じゃが、あの男がこの間、避病院の落成式の時にこげな事を話しよった。……人間の舎利甲兵衛《しゃりこうべえ》に麦の黒穂《くろんぼ》を上げて祭るのは悪魔を信心しとる証拠で、ずうと昔から耶蘇《やそ》教に反対するユダヤ人の中に行われている一つの宗教じゃげな。ユダヤ人ちうのは日本の××のような奴どもで、舎利甲兵衛に黒穂《くろんぼ》を上げておきさえすれば、如何《どげ》な前科があっても曝《ば》れる気遣いは無いという……つまり一種の禁厭《まじない》じゃのう。その上に金が思う通りに溜まって一生安楽に暮されるという一種の邪宗門で、切支丹《きりしたん》が日本に這入って来るのと同じ頃に伝わって来て、九州地方の山窩《さんか》とか、××とか、いうものの中に行われておったという話じゃ」
「ヘエッ。それは初耳で……私が調べて参りました話と符合するところがありますようで……」
「フウム。それは面白いのう。あの藤六が死んで、舎利甲兵衛と黒穂《くろんぼ》の話が評判になりよった時分に、ちょうど避病院の落成式があったでのう。校長の奴、大得意で話しよったものじゃが、何でもこの直方《のうがた》地方は昔からの山窩の巣窟じゃったそうでのう。東の方は小倉の小笠原、西は筑前の黒田から逐《お》われた山窩どもが皆、この荒涼たる遠賀川の流域を眼ざして集まって来て、そこここに部落を作っておったものじゃそうな。藤六はやっぱりその山窩の流れを酌《く》む者じゃったに違わんと校長は云いおったがのう。吾輩は元来、山窩という奴を虫が好かんで……悪魔を拝むだけに犬畜生とも人間ともわからぬ事をしおるでのう。ことに藤六は、あの通りの人物じゃったけに真逆《まさか》に山窩とは思われぬと思うて、格別気にも止めずにおったのじゃがのう」
「ヘエ。そのお話を今少《まち
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