及ばず、いろいろな獣《けもの》や鳥や虫の言葉まですっかり記憶《おぼ》えてしまったので、今は遊び友達が大変に殖えて、いよいよここが面白くて面白くて堪らないようになった。
二
すると或る日の事、猿の王様の処で大変な評議が始まった。それは一匹のカナリヤが知らせに来たので、何でも山一つ向うに狼の強盗が沢山集まっていて、「猿の癖《くせ》にお城に居るなんて生意気だ。これから攻め寄せてお城を取って、手向いをする奴は片っ端から喰ってしまおうではないか」と評議していると云うのであった。
これを聞くと猿共は、赤い顔が青くなる程驚いていろいろ相談をしたが、何しろ喧嘩《けんか》ずくでは狼に敵《かな》わないから一層《いっそ》の事、狼に喰い殺されないうちにここを逃げ出して、他の所にいい住居《すまい》を探そうという事に決めた。けれども小僧はこれを押し止めて、猿共を皆|洞穴《ほらあな》の中に隠して入り口を塞《ふさ》いで、自分一人森の外に出て狼の来るのを待っていた。
狼はとうとう或る夜やって来た。その数は何千か何万かわからぬ程ヒシヒシと猿の都を取り巻いて、先ず一時に鬨《とき》の声を挙げて大波の打つように攻め寄せて来た。けれども小僧は驚かなかった。狼が近寄ると、小僧は懐《ふところ》から燧石《ひうちいし》を出して森の外の枯れ草に火を放《つ》けた。すると折りから吹いて来た烈しい夜風に誘われて、見るうちに焼け広がって轟々《ごうごう》と音を立てながら狼の方に吹きかかって行った。そのために深い草の中に居た狼共は皆焼け死んだ。死なないものも火の勢いに恐れてチリチリバラバラに逃げ失せた。その後《のち》狼共は又と再びこの猿の都に攻め寄せて来なかった。それから猿共は王様を始め皆、小僧を神様のように恐れ敬って、毎日いろいろな美味《おい》しい果物を捧げて、何でも云う事を聞くようになった。小僧は益《ますます》得意になって大威張りで遊びまわった。
三
或る日の事、小僧は只一人で山の中を遊びまわっていると、思わず遠方まで来て一つの湖の傍へ来た。その湖は大変景色がよかったので、小僧はぼんやりと見とれていると、やがて沖の方から一|艘《そう》の帆掛船が来るのが見えた。小僧は久し振りにこんなものを見たので、何だか懐かしいような気がしてなおも一心に見ていると、その船はだんだん近寄って、小僧の眼の
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