ャにしたまま、青白い、冴え返るほどスゴイ表情をして、両手を高々と胸の上に組んで、私をジイと睨み付けているのであったが、その近眼らしい眩しそうな眼付きを見ると、発狂しているのではないらしい。鋭敏な理智と、深刻な憎悪の光りに満ち満ちているようである。
臆病者の私が咄嗟《とっさ》の間《ま》に、これだけの観察をする余裕を持っていたのは、吾ながら意外であった。それは多分、眼が醒めた時から私を支配していた、悪魔的な冷静さのお蔭であったろうと思うが、そのまま瞬《またた》きもせずに相手の瞳を見詰めていると、柳井副院長も、私に負けない冷静さで私の視線を睨み返しつつ、タッタ一言、白い唇を動かした。
「歌原未亡人は、貴方《あなた》が殺したのでしょう」
「……………」
私は思わず息を詰めた。高圧電気に打たれたように全身を硬直さして、副院長の顔を一瞬間、穴の明《あ》くほど凝視した……が……その次の瞬間には、もう、全身の骨が消え失せたかと思うくらい力が抜けて来た。そのままフラフラと寝床の上にヒレ伏してしまったのであった。
私の眼の前が真暗になった。同時に気が遠くなりかけて、シイイインと耳鳴りがし初めた……と思う間もなく、私の頭の奥の奥の方から、世にもおそろしい、物すごい出来事の記憶がアリアリと浮かみ現われ初めた……と見るうちに、次から次へと非常な高速度でグングン展開して行った。……と同時に私の腋《わき》の下からポタポタと、氷のような汗が滴《したた》り初めた。
それはツイ今しがた、私が起き上る前の睡眠中に起った出来事であった。
私はマザマザとした夢中遊行を起しながら、この室をさまよい出て、思いもかけぬ恐ろしい大罪を平気で犯して来たのであった。しかも、その大罪に関する私の記憶は、普通の夢中遊行者のソレと同様に、夢遊発作のあとの疲れで、グッスリと眠り込んでいるうちに、あとかたもなく私の潜在意識の底に消え込んでしまっていたので、ツイ今しがた眼を醒ました時には、チットモ思い出し得ずにいたのであったが……そのタマラナイ浅ましい記憶がタッタ今、副院長の暗示的な言葉で刺戟されると同時に、いともアザヤカに……電光のように眼まぐるしく閃《ひら》めき現われて来たのであった。
それは確かに私の夢中遊行に違い無いと思われた。
……フト気が付いてみると私は、タオル寝巻に、黒い革のバンドを捲き付けて、一本足
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