すが、嬶《かかあ》はその方が安心らしく、よく眠るようになりましたよ。ハッハッハッ……でもヒョット支那人《チャンチャン》の泥棒か何かが這入《へえ》りやがって……あっちでは泥棒といったら大抵チャンチャンなんで、それも旧の師走《しわす》頃が一番多いんですが、そんな奴がコイツを見付けたら、胆《きも》っ玉をデングリ返すだろうと思いましてね。アッハッハッハッ」
私も仕方なしに青木の笑い声に釣られて、
「アハ……アハ……アハ……」
と力なく笑い出した。けれども、それに連れて、ヒドイ神経衰弱式の憂鬱《ゆううつ》が、眼の前に薄暗く蔽《おお》いかぶさって来るのを、ドウする事も出来なかった。
……コツコツ……コツコツコツ……
とノックする音……。
「オ――イ」
と青木が大きな声で返事をすると同時に、足の先の処の扉《ドア》が開《あ》いて、看護婦の白い服がバサバサと音を立てて這入って来た。それはシャクレた顔を女給みたいに塗りこくった女で、この病院の中でも一番生意気な看護婦であったが、手に持って来た大きな体温器をチョットひねくると、イキナリ私の鼻の先に突き付けた。外科病院の看護婦は、荒療治を見つけているせいか、どこでもイケゾンザイで生意気だそうで、この病院でも、コンナ無作法な仕打ちは珍らしくないのであった。だから私は温柔《おとな》しく体温器を受け取って腋《わき》の下に挟んだ。
「こっちには寄こさないのかね」
と横合いから青木が頓狂《とんきょう》な声を出した。すると出て行きかけた看護婦がツンとしたまま振り返った。
「熱があるのですか」
「大いにあるんです。ベラ棒に高い熱が……」
「風邪でも引いたんですか」
「お気の毒様……あなたに惚れたんです。おかげで死ぬくらい熱が……」
「タント馬鹿になさい」
「アハハハハハハハハ」
看護婦は怒った身ぶりをして出て行きかけた。
「……オットオット……チョットチョット。チョチョチョチョチョチョット……」
「ウルサイわねえ。何ですか。尿器ですか」
「イヤ。尿瓶《しびん》ぐらいの事なら、自分で都合が出来るんですが……エエ。その何です。チョットお伺いしたいことがあるんです」
「イヤに御丁寧ね……何ですか」
「イヤ。別に何てこともないんですが……あの……向うの特別室ですね」
「ハア……舶来の飛び切りのリネンのカーテンが掛かって、何十円もするチューリップの
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