cgの隙間《すきま》へ突込んで、入用な本《やつ》はチャント脇の下に挟みながら……チェッ。碌《ろく》な本は在りやがらねえ……といったような恰好《かっこう》で悠々とバットの煙を輪に吹きながら出て行くんだから大した度胸でげす。考えたもんですなあ。
 ええ……それあ一時の出来心もありましょうが、ズット前からの出来心も御座いましょうよ。何しろ修身の無え学校の生徒さんでゲスから油断も隙もあれあしません。コンナ手を矢鱈《やたら》に使われちゃやり切れませんや。
 しかもソレが脛《すね》っ噛《かじ》りの学生さんばっかりじゃ御座んせん。相当の月給を取っておいでになる修身の本家本元みたいな立派な紳士の方が、時々この手をお出しになるんですから驚きますよ。ヘヘヘ。大学の先生方もチョイチョイお見えになります。こっちの達人の方もおいでにならないじゃ御座んせんが、なかなか鮮やかなお手附のようです。ヘヘヘ。まさかお修身の代りに講義《レクチュア》で生徒さんに御伝授になる訳でも御座いますまいがね。どうもお手際が生徒さん達よりも水際立っているようです。第一御風采がお立派ですからマサカと思ってツイ油断しちまいまさア。
 もっともソンナのは大抵御本好きの方に限るようですね。珍しい本だと思えば高価《たか》そうだし、欲しさは欲しし……店番のオヤジの面《つら》ア間抜けに見えるし……てんで、相当お立派な御人格の方がツイ、フラフラとお遣りになるのが病み付きになってダンダン面白くなって来る。そこんとこだけは良心が磨《す》り切れちゃってトテモ人間|業《わざ》とは思えないくらい大胆巧妙になっておいでになるんですから、お相手を仰付《おおせつ》けられた本屋は叶いませんや。……しかし有り難いもので……何度もその手を喰って慣れて参りますと大抵わかりますよ。どうもあの人が臭いってね。丁稚《でっち》が云うものですから、気を附けておりますと手口から何からスッカリわかっちまいます。しまいには入口からノッソリ這入ってお出でになる態度を見ただけでもアラカタ見当が附いて来ます。……サテはオヤリ遊ばすな……とか遊ばさないナ……とかね。ヘヘヘ。
 面白いのはその万引した本を、持って帰って読んでしまってから、ソッと返しに来る人があるのです。御承知の通りこの頃の小説本と来たら、昔のエライ連中が書いたのと違って、一度読んじゃったら二度と読む気になれないもの
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