出来たり何かしてマゴマゴしている中にコンナに頭が禿げちゃっちゃあモウ取返《とりけえ》しが付きやせん。まあまあナマクラ者にゃ似合い相当のところでげしょう。文句はありませんや。
 ヘエヘエ。それあ、この××クンダリへ流れて来るまでにゃガラ相当の苦労も致しやしたよ。途中で古本屋《しょうばい》がイヤンなっちゃって、見よう見真似の落語家《はなしか》になったり、幇間《たいこもち》になったりしましたが、やっぱり皮切りの商売がよろしいようで、人間迷っちゃ損で御座いますナ。だんだん呼吸をおぼえて来ると面白い事もチョイチョイ御座いますナ。ヘエ……粗茶で御座いますが一服いかが様で……ドウゾごゆっくり……。
 コンナに降りますと、お客様もお見えになりませんな。いつ来て見ても、お客様が一人立っておいでになる古本屋なら、大丈夫立って行くものです。ですから一人もお客様がお見えにならないと手前が自分でサクラになってノソノソ降りて行きまして、本棚なぞを整理致しておりますんで……これがマア商売のコツで御座いますナ。つまりその一人立っている人間が店の囮《おとり》になるんで……通りかかりの方が店を覗いて御覧になった時に、誰か一人本棚の前に突立って本を読むか何か致しておりますとツイ釣り込まれてふらふらと這入ってお出でになる。群衆心理というもので御座いますかな……そのアトから又一人フラフラっと……てな訳で……。イヤどう致しまして……先生にお茶を差上げて囮に使っている訳じゃ御座んせん。ハハハ。コンナ大降りの時にはイクラ囮を使ったって利き目は御座んせん。ヘヘヘヘ。恐れ入ります。どうぞお構いなく御ゆっくりと……。
 ヘエヘエ。それは面白いお話も御座いますよ。ツイこの間の事……高等学校の生徒さんがゲーテの詩集を売りに見えましてね。ほかの参考書や何かと一緒に十冊ばかりを三円で頂戴いたしましたが、その中でも、ゲーテの詩集が特別に古いようですから、あとでよく調べてみますとドウです。千七百八十年に独逸《ドイツ》で出版されたヤツの第一版なんで、おまけにその見返しの処にぬたくっている持主署名《オーナシグネチャ》をよく見ますと、どうしてもシルレルとしか読めません。それからコチラの法文科で古書を集めておいでになる中江|学長《せんせい》さんのお宅へ持って参りましたらドウデス。七十円でお買上げになりましたよ。……何でもそのゲーテの詩集が
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