ィ《ほんもの》の聖書の通りですし、創世記のブッ付けの四、五行ぐらいはヤッパリ本物の聖書の文句通りですから、誰でも一パイ喰わされるのですが、その四、五行目からの有り難い文句が、イキナリ区切りも何もなしに、トテモ恐ろしい文句に変って来るのです。つまり悪魔の聖書と申しますか。外道祈祷書と申しますか。ソイツを作り出したシュレーカーっていう英国の僧侶《ぼう》さんが、自分の信仰する悪魔の道を世界中に宣伝する文句になっているんですね。昔風な英語ですからチョット読み辛《づ》ろうがしたよ。チョット生意気に訳しかけてみた事もあるんですが、ザットこんな風です。
「われ聖徒となりて父の業を継ぎ、神学を学ぶ中《うち》に、聖書の内容に疑《うたがい》を抱き、医薬化学の研究に転向してより、宇宙万有は物質の集団浮動に過ぎず。人間の精神なるものも亦、諸原素の化学作用に外ならざるを知り、従って宗教、もしくは信仰なるものが、その出発点よりして甚だしく卑怯なる智者の、愚者に対する瞞着、詐欺取財手段なるを認め、地上に於て最真実なるものは唯一つ、血も涙も、良心も、信仰もなき科学の精神を精神とする所謂、悪魔精神なる事を信じて疑わざるに到れり。わが生まれいでし心は親兄弟、もしくは羅馬《ローマ》法皇が自分のために都合よく作り出せる所謂『神の心』には非《あら》ず。生前の神罰、死後の地獄また在ることなし。何をか恐れ、何をか憚《はばか》らんや。
歴代の羅馬法皇、その他の覇者は皆この悪魔道の礼讃実行者なり。万人の翹望《ぎょうぼう》する上流階級の特権なるものは皆この悪魔道に関する特権に外ならず。人類の日常祈るところの核心《もの》は皆、この外道精神の満足に他ならず。強者は聖書を以て弱者を瞞着し、科学の教うるところの悪魔の力を恣《ほしいまま》にして恥じざらむとす。
全世界の人類よ。皆、虚偽の聖書を棄てて、この真実の外道祈祷書を抱け。われは悪魔道のキリストなり。弱き者。貧しき者。悲しむ者は皆吾に従え」
といったような熱烈な調子で、人類全般に、あらゆる悪事をすすめる文句がノベタラに書いて御座います。私《あっし》はそれを読んで行くうちに、自分の首を絞《しめ》られるような気持になってしまいましたよ。西洋《あちら》には血も涙もない悪党が多い。生肝《いきぎも》取りだの死人《しびと》使い、奴隷売買、人殺し請負いナンテものは西洋人でなくちゃ
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