ハアハアハ。イヤ失敬失敬。わかったわかった……拍手は止してくれ給え。形容詞ばかり並べて済まなかった。どうもアルコールが欠乏して来ると、アタマの反射交感機能が遅鈍になるのでね。チョット失敬してキング・オブ・キングスの喇叭《らっぱ》を吹《ふか》してもらおう。序《ついで》にハバナの方も一つ輪に吹《ふか》して……オットット……これはしたり。吾輩はまだ教壇の前に居るんだっけね。早速スクリーンの中から引退して、代りに今云った怪事件の内容を映写しながら弁士の役を引受ける事にする。そうして諸君の常識を一撃の下にコッパ・ミジンに……。
……ナニ……吾輩がスクリーンの外へ出たって、おんなじ事じゃないかって……?……。ウワア。コイツは又一本参られた。ソウ頭がよくちゃ始末が悪いね。……実はモウ暫くすると今一人、別の吾輩が銀幕の中に現われて、その怪奇を極めた心理遺伝事件の内容を「解放治療」の実験にかけて行く実況を演出する事になるのだ。だからその時にそのモウ一人の吾輩である吾輩は、是非とも映写幕の外に出て、説明役にまわらないとドウモ具合が悪いのだ。未来派の芝居とは違うからね……。
……勿体《もったい》なくもK《ケー》・C《シー》・MASARKEY《マサーキー》会社の超々特作と題しまして『狂人の解放治療』という、勿論、今回が封切の天然色、浮出し、発声映画と御座いまして、出演俳優は皆、関係者本人の実演に係る実物応用ばかり……稀代の美少年と、絶世の美少女を中心として、渦巻き起る不可解に続く不可思議、戦慄に続く驚異の裡《うち》に、二十余名の男女の血と、肉と、霊魂とがいつからともなく、どこからともなく卍巴《まんじともえ》と入り乱れて参りまして、遂にはこの「狂人解放治療場」に於て、悽惨、無残、眼も当られぬ結末を告げるか、告げぬかの際どいクライマックスに到達しようという……よろしく満腔の御期待をもって……【溶暗[#「溶暗」は太字]】……
【字幕[#「字幕」は太字]】 実母と許嫁《いいなずけ》と、二人の婦人を絞殺した怪事件の嫌疑者、呉一郎《くれいちろう》(明治四十年十一月二十日生)大正十五年十月十九日、九州帝国大学、精神病科教室附属、狂人解放治療場に於て撮影――
【説明[#「説明」は太字]】 まず最初に御紹介致しまする、この事件の若い主人公……すなわち最前、小手調としてお眼にかけました十名の狂人の中でも、老人の畠打《はたうち》を見物致しておりました青年の、正面向きの大写しで御座います。字幕にあらわしました通り、名前を呉一郎と申しまして、当年取て二十歳で御座いますが、御覧の通り、男が見ましても吸付いてみたいほどのういうい[#「ういうい」に傍点]しい美少年で御座います。
ところでこの事件の内容に立入りまするに先立って、何故《なにゆえ》に事件の主人公の顔を、斯様《かよう》に大写しにして御覧に入れたかと申しますと、ほかの理由でも御座いませぬ。この少年の骨相が、この事件の根本を支配致しております心理遺伝と、重大な関係を持っているからで御座います。
御承知の通り骨相学と申しますのは、目下のところ、まだ純正な科学とは申しかねるのでありますが、しかし、その中の或る部分部分は、確かに実際と一致することが判明致しておりますので、正木先生はかようにして、新しい精神病患者の顔を見る毎《ごと》に、その骨相を詳細に亘って研究されまして、その血液の中に、如何なる人種の特徴が混入しているかを、怠《おこた》らず調査しておられるので御座います。換言致しますれば、一切の人間の心理遺伝は、その近い先祖たちの各個人個人の特徴をあらわすと同時に、ずっと大昔の野蛮未開時代に、各方面から入れ混《まじ》って来た、各人種の心理的特徴をも、併せて現わしておりますので、一口に日本と申しましても、その骨相と性格の中には、蒙古《もうこ》、印度《インド》、馬来《マレイ》、猶太《ユダヤ》、拉甸《ラテン》、アイヌ、スラブ等の各民族の風采と性格が、切っても切れない因果関係をもって結ばり合つつその人間の特徴を作り出しているので御座います。……すなわち人間の骨相というものは、その先祖代々の血統の縮図……又、或る一人の性格というものは、その人間の先祖代々の精神生活の凝《こ》り固まりとも考えらるべきもので御座いますから、そのような点を考慮致しまして、その人間の表面的の性格は勿論のこと、本人自身にも気付れずにいる、隠れた性格を探し出して、その人間の発狂の状態と照し合せるという事は、研究上、誠に必要な事で御座います。……彼《か》の愛犬家や愛馬家が、市場に並んでいる動物の顔付き、毛並み、骨格なぞを、ただ一眼見廻しただけで、その血統や性質、習慣、又は隠れたる性癖までも、星を指す如く云い当てるのは、この原理を動物に応用したものに過ぎませぬの
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