じたが、終《しま》いにはその夢うつつさえ感じられなくなるまで恍惚として蹌踉《よろめ》いて行った……ように思う。
それから何時間経ったか、何日経ったか判らない……。
フト身体《からだ》中がゾクゾクと寒気立《さむけだっ》て来たようなので気がついて見ると、私はいつの間にか最前《さっき》の九州帝国大学精神病科の教授室に帰っていて、最前腰をかけていた回転椅子に、最前のように腰をかけて、大|卓子《テーブル》の緑色の羅紗《らしゃ》の上に両手を投げ出したまま突伏《つっぷ》しているのであった。
私はチョットの間、夢を見ているのではないかと疑った。先刻《さっき》……正午《ひる》頃にこの室を飛び出してから、方々を歩きまわって、見たり聞いたりした色々の出来事や、考えまわしたいろんな不思議な事……又はその間に感じたタマラナイ恐ろしさや息苦しさは、みんなここにこうして気絶している間に見た夢ではなかったかと疑ってみた。そうして気味わる気味わると自分の身のまわりを見まわして見たのであった。
私の服もシャツも、穿《は》いている靴も、汗と塵埃《ほこり》にまみれて真白になっている。両方の肱や膝は大きく破れたり泥まみれになったりして、ボタンが二つ程ちぎれて、カラーが右の肩にブラ下っている姿は恰度《ちょうど》、酔漢《よいどれ》と乞食との混血児《あいのこ》を見るようである。左の手の甲に真黒く血が固まり附いているのはどこを怪我したのであろう。別段に痛い処も痒《かゆ》い処もないが……併し眼と口の中が砂ホコリで一パイになっているらしく、瞼《まぶた》がヒリヒリして歯の間がガリガリするその不愉快さ……。
私はその眼と口を今一度、机の上に突伏せながら、ジット後先《あとさき》を考えて見たが、一体何しにここへ帰って来たのか、どうしても思い出せなかった。机の端に置き忘れて行った新しい角帽を凝視《みつめ》ながらその時の気持を思い出そう思い出そうと努力したが、この時に限って不思議な程、私の聯想力が弱っていた……何かしら非常に重大な品物か何かをこの室に忘れて、それを取りに帰って来たようにも思うのだが……と思い思いソロソロと頭を上げて前後左右を見まわして見ると、私の頭の上には大きな白熱電球が煌々《こうこう》と輝いている。
入口の扉《ドア》は半分|開《あ》いたままになっている。
しかし、大|卓子《テーブル》の上の書類は誰
前へ
次へ
全470ページ中454ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング