承《うけたまわ》るつもりでいたし、一切の財産は軽少ながら、この真相の発表に対するお礼の印として、書類と一緒に一旦若林に預けて、君の頭が回復した後《のち》に改めて引渡してもらう考えでいたし、又、発表の内容だって同様に、心理遺伝そのものの大体の要領さえ得ておれば、附録の実例に出て来る事件の犯人の名前なんぞは、どうでもいい……勝手にしやがれという了簡《りょうけん》で、つい今さっきまでいたんだが……。
……しかし、これが前世の業《ごう》とでもいうんだろう……先刻《さっき》から若林が、彼奴《きゃつ》一流の御叮嚀な遣り口で、そろりそろりと催眠術みたような暗示を君に与えながら、自分の勝手のいい方向に、君の頭を引っぱり込もうとしている態度を見ているうちに、吾輩の持って生れた癇《かん》の虫がジリジリして来た。その若林の見え透いた手の中《うち》がゾクゾクする程イヤ味になって来たので、一つ逆襲してやれという気になって、ここへ出て来た訳なんだが……。
……ところが又……こうやって君と話しているうちに……つい今しがたから、何だか又気が変って来たようだ。理屈は兎《と》も角《かく》として、何もかもがヤタラに面倒臭くなって来たようだ。どうせ破れカブレの罰当り仕事だ。後は野となれ山となれだ。何もかも一思いにブチ毀《こわ》してやれという気になって来たようだ……。
……こうなれあ訳はない……。
……吾輩は今日只今即刻に、君とあのモヨ子とを、この病室から解放してやろう。そうしてコンナ書類を残らず焼棄て、玉無《たまな》しにしてくれよう。
……吾輩は断言しておく……。
……あの六号室の少女モヨ子は、あの解放治療場の一角に突立っている美青年の、妻となるべき少女では断然ないのだ。法律上から云っても道徳上から見ても確かに、そこにいる君の未来の妻たるべく運命付けられている女性なんだ。君のベターハーフたるべく、明暮《あけくれ》、身を悶《もだ》えて、恋い焦《こが》れている可憐の少女に相違ない事が、科学的立場から見ても寸分間違いのない事を、若林と吾輩の専門の名誉にかけて誓言しておく。
……同時に吾輩は、吾輩の専門の立場から今一つ、断言しておく……。
……君はそうしない限り……君自身が進んでモヨ子さんとの結婚生活に入ってみない限り、若林と吾輩がイクラ他所《はた》から苦心努力しても、現在の自己障害……『自我忘失
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