れではなかったか。そうして彼《か》の学術研究……断頭刃《ギロチン》磨《と》ぎを断然打切るべく、彼が母校に提出した学位論文の根本主張は、何であったか……曰《いわ》く……『脳髄は物を考える処に非ず……』」
「……………」
「……かくしてMの個人としての煩悶は遂《つい》に、学術の研究慾に負けた。全世界に亘る『狂人の暗黒時代』と、その中《うち》に蔓延する『キチガイ地獄』を、自分の学説の力で打ち破るべく、何もかも打ち忘れて盲進する当初の意気組を回復した。恐らくWに負けないであろう程の冷静、残忍さをもってIの年齢を指折り数え得るようになった」
「……………」
「T子の運命は風前の灯火《ともしび》である。……T子はもうその頃までには、嘗て自分を中心として描かれたWとMとの恋のローマンスが何を意味しておったかを、底の底まで考え抜いている筈であった。その頃の二人の自分に対する情熱が、揃いも揃って絵巻物の魔力と、自分の肉体の魅力との両道《ふたみち》かけたもので、しかも、それ以外の何ものでもなかった事を露ほども疑わなくなっている頃であった。そうして絵巻物を奪い去ったものは、自分から絵巻物の所在《ありか》を聞いたMかもしくは失恋の怨《うら》みを呑んでいるであろうWのどちらか、一人に相違ない事を、余りにも深く確信していた。……同時にその二人が揃いも揃って、繊弱《かよわ》い女の手で刃向《はむか》うべく、余りに恐ろしい相手である事を、知って知り抜きながらも必死と吾児を抱き締めつつ、慄《ふる》え戦《おのの》いていた筈である。
……だから彼女、T子の想像の奥の奥に、よもやと思いつつも戦《おのの》き描かれていたであろう絵巻物の魔力の実地試験が、万に一つもIに対して行われたとなれば、T子はすぐに二ツの名前を思い出すにきまっている。WかMか……。
……だから……T子の死は、この空前の学術実験の準備として是非とも必要な第一条件……」
「……あアッ……先生ッ……待って下さいッ……もう止して下さい……ソ……そんな怖ろしい……事が……」
私は思わず悲鳴をあげた。ピッタリと大|卓子《テーブル》の上に突伏《つっぷ》した。頭の中は煮えるように……額は氷のように……掌《てのひら》は火のように感じつつ、喘《あえ》ぎに喘ぎかかる息を殺した。
「……何だ……何を云うのだ……そっちから突込んで質問して来たから説明しているの
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