《あが》る。その合間合間には喘息《ぜんそく》が起る……といった調子でなかなか忙がしかったのであるが、しかしその態度は依然として悠々たるもので、彼《か》れもこれ一《ひ》と昔の夢という風に、明暮れ試験管と血液に親しんでいた。
……が……しかし又一方にMも困らなかった。そうしたWの帰朝後の態度から、T子|母子《おやこ》が福岡市を中心とする一日旅程以内の処に住んでいるに違いない事をアラカタ読んでしまっていた。……のみならずT子はまだ三十になるかならずで、相変らず美しいとすれば、どこに居るにしたところが、多少の噂の種にはなっているに相違ない。又その子のIも、父親は誰だかわからないまま無事に母親の膝下《しっか》で育っているとすれば、格別の事情がない限り、Mの計劃通りに母方の姓を名乗っている筈である。年齢は私生児の事だから届出が後《おく》れているかも知れないが、多分、尋常校の三四年程度であろうという事が帰朝当時から見当が附いていた。あとは足まかせの根気任せというので、福岡を中心としたWの出張先を第一の目標として、虱殺《しらみつぶ》しに調べて行くと、果せる哉《かな》、帰朝後半年も経たぬうちに、直方小学校の七夕会の陳列室で、五年生の成績品のうちにIの名前を発見した。もっともその時までMはウッカリしていて、Iの成績が抜群の結果、年齢《とし》はまだ十一歳のままに、一級飛んだ五年生になっている事に気付かずにいたので、もしかすると別人ではないかと疑ってみた事であった。
……が……そこに如何なる天意が動いたのであろう。間もなくその陳列室へ這入って来た一人の生徒が、偶然にも背後《うしろ》を振り返った視線がピッタリとMの視線と行き合ったのであったが、その時にMは、吾ともなく視線を背向《そむ》けずにはおられなかった。逃げるようにして校門を出ると、思わず眼を蔽うて、科学者としての自分の生涯を呪わずにはおられなかった。その生徒が全くの母親似で、眼鼻立ちから風付《ふうつ》きのどこにも、Wの子らしい面影がないと同時に、Mに似たところさえもなかった事を思い確かめて、ホウと安心の溜息を吐《つ》きながらも、直ぐに後から、その溜息を呪咀《のろ》わずにはおられなかった。……遠からず学術実験の十字架に架けられて、無残な姿に変るであろうその児の顔立ちの、抜ける程可愛らしくて綺麗であったこと……その発育の円満であったこ
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