眩しい窓の前を通り過ぎる度|毎《ごと》に、チラリチラリとした投影を、私の眼の前の大|卓子《テーブル》の縁に閃《ひら》めかすのであった。
 正木博士は又も念入りに咳一咳《がいいちがい》した。
「……今から二十余年前……福岡の県立病院が医科大学に改造されてこの松原に建直《たてなお》された当時の事、その大学の第一回の入学生として這入って来た青年の中に、WとMという二人がいた。その中でもWは法医学、Mは精神病学という…いずれもその当時の医学界で発達の十分でない方向を志しつつ、互いに首席を争い続けていたが、Wは元来の結核系統の家《うち》に生れたせいか、その当時の学生の中《うち》でも一二を争う好男子の偉丈夫で、性質は念に念を入れる神経質の実際家……Mはまたその頃から矮躯《チビ》の醜男《ぶおとこ》で、空想家の早飲込みのドチラかといえば天才肌という風に、各自正反対の特徴を持っていた……それが互いに鎬《しのぎ》を削《けず》って学業の覇《は》を争っていたのであった。
 ……然《しか》るに今も云う通りWは法医学、Mは精神病学と、その志す最後の目標は違っていたが、唯一の、その頃はまだソンナ名前すら人が知らなかった精神科学方面の研究に対する二人の興味は、一種の宿命であるかのように一致していた。或《あるい》は二人の頭脳の正反対の特徴の極端と極端とが偶然に一致していたせいかも知れないが……とにかくそのために、特に当時のその方面の権威者、斎藤博士に就いて指導を仰ぐ事になった訳であるが、その中でも又、特に専門の医学と縁の薄い、迷信とか、暗示とかいう問題に対する二人の研究熱は、殆ど沸騰点を突破しているかの観があった。もっともこれは東洋哲学に造詣《ぞうけい》の深い斎藤先生の指導に影響されたせいでもあるが、その結果、福岡から程遠からぬ所に在るこの有名な、恐ろしい伝説に、二人とも相前後して惹付《ひきつ》けられて行くようになったのは、寧ろ当然の帰結と云うべきであったろう。
 ……今まで一種の敵愾心《てきがいしん》をもって、どことなく折合いかねていた二人は、この伝説に着眼すると同時に、何もかも忘れて握手してしまった。そうして互いに意見を交換して、この問題に対する研究手段の一般方略をきめた結果、Wは『迷信、伝説の起原と精神異状』といったような比較的|質実《じみ》な方面から……又、これに対するMの方は『Wの研究の結
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