……………」
「……だから第二回の姪の浜事件というのも、決して神秘的な出来事ではない。直方事件以来の計劃通り、或る人間が、石切場附近で呉一郎の帰りを待伏せて、絵巻物を渡したにきまっている……すなわちこの直方と、姪の浜の二つの事件は、或る一つの目的のために、同一の人間の頭脳によって計劃されたものである。その人間は、この絵巻物に関する伝説に対して、非常に高等な理解と、興味とを併《あわ》せ持っている者で、これを実地に試験すべく最適当した時機……すなわち被害者、呉一郎が或る大きな幸福に対する期待に充たされている最高潮のところを狙って、その完全な発狂を予期しつつ、この曠古《こうこ》の学術実験を行った……と云えば、吾輩より以外《ほか》に誰があるか……」
「ありますッ……」
 私は突然に椅子を蹴って立上った。顔が火のようにカ――ッと充血した。全身の骨と筋肉が、力に満ち満ちて戦《おのの》いた。愕然としている正木博士の鼻眼鏡を睨み付けた。
「……ワ……ワ……若林……」
「馬鹿ッ……」
 という大喝が木魂《こだま》返しに正木博士の口から迸《ほとばし》り出た。同時に黒い、凹《くぼ》んだ眼でジリジリと私を睨み据えた。……がその真黒い眼の光りの強烈さ……罪人を見下す神様のような厳粛さ……怒った猛獣かと思われる凄じさ……。怒髪天を衝《つ》くばかりの勢《いきおい》であった私は一たまりもなく慄《ふる》え上った。ヨロヨロと背後《うしろ》によろめく間もなくドタリと椅子に尻餅を突いた。その恐ろしい瞳に、自分の眼を吸い付けられたまま……。
「……馬鹿ッ……」
 私は左右の耳朶《みみたぼ》に火が附いたように感じつつ、ガックリと低頭《うなだ》れた。
「……無考《むかんが》えにも程がある……」
 その声は私の頭の上から大磐石《だいばんじゃく》のように圧《お》しかかって来た。しかも今までのタヨリない、淋しい態度とは打って変って、父親の言葉かと思われるほどの威厳と慈悲とが、その底に籠《こも》っていた。
 私は又、何故ともなく胸が一パイになりかけて来た。正木博士の筋ばった両手の指が机の端を押え付けて、一句一句に力を入れて行くのを見詰めながら……。
「……これ程の恐ろしい実験を、ここまで突込んで行《や》り得る者が、吾輩でなければ、外には今一人しかいないであろうという事は誰でも考え得る事じゃないか。又それがわかればその人
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