且つ、率直な慾望だけになっている事が、その解放治療場内に於ける夢中遊行の状態で察せられるようになった。……呉一郎の遺伝性、殺人妄想狂、早発性痴呆、兼、変態性慾……すなわち一千年前の呉青秀の怨霊の眼で見ると、世界中、到る処の土の下には、女の死体がベタ一面に匿《かく》されているように思われて来たのだ。だから土さえ見れば鍬が欲しくなったのだ。そうして鍬を貰うと毎日毎日死物狂いに土を掘返す事になったのだ。
 ……こうしてその、時間も空間も超越した変態性慾の幽霊が、先刻も話した通り毎日毎日、当てなしの労働を続けて行くうちに、迫々《おいおい》と屁古垂《へこた》れて来た。人間の性慾の刺戟を高める燃料ホルモン……俗に精力と称する内分泌の刺戟液は、激しい労働を続行すると、その方の精力に消耗されて終《しま》うのだからね。そんな性慾の刺戟をダンダン感じなくなって、唯、疲れ切った神経の端々に、一種の惰力みたように浮出して来る女の屍体の幻覚に釣られながら、喘《あえ》ぎ喘ぎ鍬を動かすというミジメな状態に陥っている。今まで一切の精神作用を圧倒していた変態性慾の怨霊が、消え消えになって来たお蔭で、その下から……ああ苦しい。遣り切れない。いったい俺は、どうしてコンナに非道《ひど》い労働を続けなければならないのだろう……といったような、正気に近い意識が次第次第に浮上りはじめた。時々鍬を休めてボンヤリとそこいらを見まわしては又、思い出したように仕事にかかるらしい気振《けぶり》が見えて来た。その潮合《しおあ》いを見て、吾輩が出て行って、その眼の底に在る疲れ切った意識の力と、吾輩の眼の底に在る理智的の意識力とをピッタリと合わせながら『その女の屍体が、土の底に埋まったのはいつの事だ』と問いかけたものだから、サアわからなくなった。つまり今まで、全く忘れていた『時間』という観念が『いつ』という言葉の暗示力で反射的に復活しかけて来たのだ。それに連れて『ハテ。ここは一体、どこなんだろう』といったような空間的の観念も動き出して来たので、不思議そうにそこいらを見まわし初めた。同時に『ハテ。おかしいぞ。自分は今まで何をしていたのだろう』といったような自己意識も、それにつれて頭を擡《もた》げて来たので、何となく不可思議な淋しい気持になった。悲し気に頸低《うなだ》れると、今まで大切に抱えていた鍬を力なく取落して、自分の部屋へ引
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