た勝空《しょうくう》という坊さんも、呉家の中興の祖である虹汀《こうてい》も、この点には全然注意を払っていないようであるが、しかしこれはこの絵巻物が現わしている変態心理の暗示が、男性にだけ有効な事がわかり切っていると同時に、これに刺戟された男性たちの心理遺伝の発作が、相手の女性の心理遺伝に影響するような場合が全く想像され得なかったからだ。……ところが今度は場合が全く違う。違うにも何にもお互に他人同志ではない。千載の一遇と云おうか、奇蹟中の奇蹟とでも考えられようか、相手のモヨ子の姿が、その絵巻物の主人公と寸分違わなかったために、呉一郎の心理遺伝も、今までに類例の無い、殆ど完全に近い暗示に支配される事になった。従ってその一言一句、一挙一動の極く細かいところまでも、その当時の呉青秀の動作と寸分違わぬ感じを現わし続けたために、ゆくりなくもモヨ子の心理遺伝を誘発する事になったのではあるまいかと考えられる。これは余りにも奇怪に過ぎる事実の暗合を想像したものだが、しかし満更の想像ばかりではない。相当の根拠を持って云う事なのだ。……というのは外でもない。すなわちその調査書が証明している通り、呉一郎が死人同様になって倒れているモヨ子の頸部《くび》を、わざわざ西洋手拭で絞め上げたものとすると、この変態性慾は女を殺すばかりが目的でなかった事がわかる。死んでいても構わないから、女の首を絞め付けるという特異な快感を味《あじわ》いたい……という願望のために、コンナ余計な事をしたものと考える事が出来る。……どうだい。一千年|前《ぜん》にいた或る一人の男の変態性慾の心理遺伝が、こんなに細かいところまでも正確に伝わっているとしたら実に面白い研究材料ではないか」
「……………」
「……ところでサテ。こうしてこの発作が済むと、呉一郎は、その屍体をモデルにするつもりで腐るのを待った。それを土蔵の窓から伯母の八代子が覗いた時に、呉一郎は平気で振り返って『モウじき腐ります』云々と云った。この言葉には吾々が聞くと実に一千年間……一千里に亘る時間と空間の矛盾が含まれているんだが、彼、呉一郎自身にとっては、どちらも現在の、眼の前の事であった。彼がモヨ子を絞殺した目的が、そうした大昔の遠方の先祖である呉青秀の、超自然的な心理の満足以外になかった事は、モヨ子の屍体解剖の結果が、情交の形跡なしとあるのを見てもわかる……」

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