…色と形との、透きとおる程に洗練された純美な調和を表現している美人の剥《む》き身《み》が、少しずつ少しずつ明るみを失って、仄暗《ほのくら》く、気味わるく変化して、遂《つい》には浅ましく爛《ただ》れ破れて、見る見る乱脈な凄惨《むご》たらしい姿に陥って行く、その間《かん》に表現《あらわ》れて来る色と、形との無量無辺の変化と、推移は、殆ど形容に絶した驚異的な観物《みもの》であったろうと思われる。その間《かん》に千万無量に味《あじわ》われる『美の滅亡』の交響楽を眼の前に眺めつつ、静かに紙の上に写して行く心持は、とても一国の衰亡史を記録する歴史家の感想なぞとは比較にならなかったろうと思われる。呉青秀は彼《か》の忠義も、この名誉も、愛慾も、性慾も、その芸術慾も、何もかもを打ち込んだ無我夢中の気持の中に、この快感と美感とを、どこまでも細かく筆にかけつつ、飽くところを知らず惜しみ味わったに違いない。そうしてその残骸が、最早《もはや》この上には白骨になるよりほかに変化の仕様がないところまで腐ってしまったのを見ると、決然筆を擲《なげう》って起《た》った。今一度、この快美感を味いたい白熱的な願望に、全霊をわななかしつつさ迷い出た。しかも……呉青秀のこうした心理の裡面には、その永い間の禁慾生活によって鬱積、圧搾された性慾が、疼痛《うず》く程の強烈な刺戟を続けていたに違いないのだ。その刺戟が疲労し切った、冴え切った神経によって盛んに屈折分析され、変形、遊離させられつつ、辛辣、鋭敏を極めた変態的の興奮を、呉青秀の全身に渦巻かせていたに相違ないのだ。そうしてその捩《よ》じれ狂うた性慾の変態的習性と、その形容を絶した痛烈な記憶とを、その全身の細胞の一粒《ひとつぶ》一粒|毎《ごと》に、張り裂けるほど充実感銘させていた事と思う」
寂《さ》び沈んだ、一種の凄味《すごみ》を帯びた正木博士の声は、ここで一寸《ちょっと》中絶した。
私は眼の前に在る獅子の刺繍が、視力の疲労のためにボーッとなるのを、なおも飽かず飽かず見詰めていた。そのボーッとした色の中に、たった一つ浮出している草色の一つに何故ともなく心を惹《ひ》かれながら耳を傾けていた。
「……こうして忠君も、愛国も、名誉も、芸術も、夫婦愛も、何もかも超越してしまって、ただ極度に異常な変態性慾の刺戟だけで、生きて、さ迷うていた呉青秀は、一年振りに帰って来た
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