何日かに都に着くと蹌踉《そうろう》として吾家《わがや》の門を潜った。既に死生を超越した夢心地で、恍惚求むるところなし。何のために帰って来たのか、自分でも解らなかったという」
「……ハア。ホントに可哀相ですね。そこいらは……」
「ウム。ちょうど生きた人魂《ひとだま》だね。扨《さ》て門を這入ってみると北風《ほくふう》枯梢《こしょう》を悲断《ひだん》して寒庭《かんてい》に抛《なげう》ち、柱傾き瓦落ちて流※[#「螢」の「虫」に代えて「火」、第3水準1−87−61]《りゅうけい》を傷《いた》むという、散々な有様だ。呉青秀はその中を踏みわけて、自分の室《へや》に来て見るには見たものの、サテどうしていいかわからない。妻の姿はおろか烏《からす》の影さえ動かず。錦繍《きんしゅう》帳裡《ちょうり》に枯葉《こよう》を撒《さん》ず。珊瑚《さんご》枕頭《ちんとう》呼べども応えずだ。涙|滂沱《ぼうだ》として万感初めて到った呉青秀は、長恨悲泣《ちょうこんひきゅう》遂《つい》に及ばず。几帳《きちょう》の紐を取って欄間《らんま》にかけ、妻の遺物を懐《ふところ》にしたまま首を引っかけようとしたが、その時遅く彼《か》の時早く、思いもかけぬ次の室《へや》から、真赤な服を着けた綽約《しゃくやく》たる別嬪《べっぴん》さんが馳け出して来て……マア……アナタッと叫ぶなり抱き付いた」
「ヘエ――。それは誰なんですか一体……」
「よく見ると、それは、自分が手ずから絞め殺して白骨にして除《の》けた筈の黛夫人で、しかも新婚匆々時代の濃艶を極めた装おいだ」
「……オヤオヤ……黛夫人を殺したんじゃなかったんですか」
「まあ黙って聞け。ここいらが一番面白いところだから……そこで呉青秀はスッカリ面喰《めんくら》ったね。ウ――ンと云うなり眼を眩《ま》わして終《しま》ったが、その黛夫人の幽霊に介抱をされてヤット息を吹き返したので、今一度、気を落ち付けてよく見ると、又驚いた。タッタ今まで新婚匆々時代の紅い服を着ていた黛子さんが、今度は今一つ昔の、可憐な宮女時代の姿に若返って、白い裳《もすそ》を長々と引きはえている。鬢鬟《びんかん》雲の如く、清楚《せいそ》新花《しんか》に似たり。年の頃もやっと十六か七位の、無垢《むく》の少女としか見えないのだ」
「……不思議ですね。そんな事が在り得るものでしょうか」
「ウン。呉青秀も君と同感だったらしい
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