いう別嬪《べっぴん》の妻君を貰った。おまけにチョウド水入らずで暮せるような、美しいお庭付きの小ヂンマリした邸宅を拝領したりして、トテモ有り難い事ずくめだったので、暫くは夢うつつのように暮していた訳だね。ところがその中《うち》に、だんだんと落ち付いて来ると、時|恰《あた》かも大唐朝没落の前奏曲時代で、兇徴、妖※[#「(屮/(師のへん+辛)/子」、第4水準2−5−90]《ようげつ》、頻々《ひんぴん》として起り、天下大乱の兆が到る処に横溢しているのに気が付いた。しかも天子様はイクラお側の者が諫《いまし》めても糠《ぬか》に釘どころか、ウッカリ御機嫌に触れたために、冤罪《えんざい》で殺される忠臣が続々という有様だ。……これを見た呉青秀は喟然《きぜん》として決するところあり、一番自分の彩筆の力で天子の迷夢を醒まして、国家を泰山の安きに置いてやろうというので、新婚|匆々《そうそう》の黛夫人に心底を打ち明けて、ここで一つ天下のために、お前の生命《いのち》を棄ててくれないか。いずれ自分も、あとから死んで行くつもりだが……と云ったところが……あなたのおためなら……という嬉しそうな返事だ……」
「トテモ素敵ですね」
「純然たる支那式だよ。それから呉青秀は大秘密で大工や左官を雇って、帝都の長安を距《さ》る数十里の山中に一ツの画房を建てた。つまりアトリエだね。しかしその構造は大分風変りで、窓を高く取って外から覗かれないようにして、真ン中に白布を蔽《おお》うた寝台を据え、薪炭菜肉《しんたんさいにく》、防寒|防蠅《ぼうよう》の用意残るところなく、籠城《ろうじょう》の準備が完全に整うと、黛夫人と一緒にコッソリ引き移った。そうしてその年の十一月の何日であったかに、夫婦は更に幽界でめぐり会う約束を固め、別離の盃、哀傷の涙よろしくあって、やがて斎戒沐浴《さいかいもくよく》して新《あらた》に化粧を凝《こ》らした黛夫人が、香煙|縷々《るる》たる裡《うち》に、白衣を纏うて寝台の上に横たわったのを、呉青秀が乗りかかって絞め殺す。それからその死骸を丸|裸体《はだか》にして肢体を整え、香華《こうげ》を撒《さん》じ神符《しんぷ》を焼き、屍鬼《しき》を祓《はら》い去った呉青秀は、やがて紙を展《の》べ、丹青《たんせい》を按配しつつ、畢生《ひっせい》の心血を注いで極彩色の写生を始めた」
「……ワア……凄い事になったんですね
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