落したのを気付かぬまま、威張ってあるきまわり……それを拝んでいた髯面《ひげづら》の大男は、拝みくたびれたかして、砂の中に額《ひたい》を突込んで眠り……小男の演説家は煉瓦塀に拳固を押し当てて祈り……痩せた青黒い少女は、老人の作った新しい畝に植えるものを探すらしく、キョロキョロと場内を物色してまわっている。そのほかの連中も、その位置が違っているように思えるだけで、やっている仕事の意味は、最前読んだ遺言書の説明とすこしも違わない。唯……最前から歌を唄って踊りまわっていた筈の、舞踏狂らしいお垂髪《さげ》の女学生が、私たちの立っている窓のすぐ下に、肩まで手が這入るような砂の穴を掘って、ボール紙の王冠と、松の枯れ枝を利用しながら、小さな陥穽《おとしあな》を作りかけているのが、少々脱線しているように思われるだけである。しかし、いずれにしても正木博士がたった今話した、昨日《きのう》の正午の大惨事というのは、いつ、どこで、どの狂人が起したものか、そんな形跡さえ見えないのが、私には不思議に思われて仕様がなかった。舞踏狂の少女が歌をやめたせいか、それとも硝子《ガラス》窓越しに眺めているせいか、すべてが影のようにヒッソリと静り返っている。その薄気味わるさ……こころみに人数を数えてみると、やはり遺言書に書いてある通りの十人で、殖《ふ》えても減ってもいないのはどうした事であろう。
しかも、更に不思議な事には、その何も変った事のない、静かにハッキリした光景を見下しているうちに、この十人の狂人の心理遺伝を利用して、正木博士が仕掛けておいたという精神科学的の大爆発……正木博士の辞職の原因となった大惨事が、もうじきに初まろうとしている……それは昨日の事でもなければ一昨日《おととい》の事でもない。たった今、眼の前に起りかけている事実なのだ……という予感がして、しようがないのであった。否……場内に居る狂人ばかりではない。向うの屋根の上に二本並んで、藍色の大空を支えている赤煉瓦の大煙突……その上から、たった今吐き出され初めた黒い黒い煤煙のうねり……その上にまん丸くピカピカ光っている太陽までもが、何等かの神秘的な精神科学の原則に支配されつつ、時々刻々にその空前絶後の大事変の方へ切迫して行きつつあるのではないか……というような底知れぬ冷やかな、厳粛な感じが、頻《しき》りに首すじの処へ襲いかかって、全身がゾクゾ
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