吾輩が遅かれ早かれこの危険千万な放れ業式の解放治療の実験を切り上げて、その内容を学界に発表すると同時に、行衛を晦《くら》ますであろう事を、ずっと前から察していたんだね。しかも、それと同時に、この姪《めい》の浜《はま》の花嫁殺し事件も、吾輩一人の実験材料に使い棄てて、あとから誰が見ても犯罪事件と見えないようにして、学界に報告するであろう事までもチャンと看破していたんだね。そこで彼奴は全力を挙げて電光石火式に事を運んだ。そうして吾輩がまだ行衛を晦《くら》まさないうちに吾輩を押え付けてギャフンと参らせようと、巧《たく》らんだ訳だ。
……彼奴は吾輩が昨夜からここに居据《いず》わりで居る事を、今朝《けさ》本館の玄関を這入ると同時に見貫《みぬ》いていたに違いない。そうして何等かの策略で吾輩を凹《へこ》ませるために、君をここへ連れて来るんだな……と気が付いたから、ドッコイその手は桑名《くわな》の何とかだ。一つ驚かしてやれと思って、その遺言書や、焼き残りの書類をそこに置きっ放しにしたまま、ウイスキーの瓶と一緒に姿を消してしまったのだ。無論窓から飛び出したのでもなければ、向うの扉から抜け出した訳でもない。一歩もこの室から出ないまま誰にも気付かれないように消え失せた……というと何だか又精神科学応用の手品じみて来るが、そんな事じゃない。種というのはこの大|暖炉《ストーブ》だ。
この大暖炉は、万一この実験が失敗するか、又は吾輩の研究の内容を他人に盗まれそうになった時に、そんな著述の原稿を全部、この中で焼き棄ててくれよう。事に依ったら吾輩自身もこの大暖炉を利用して天下を煙《けむ》に巻きながら、ヒュードロドロドロと行衛を晦ましてくれようと思って、最初から瓦斯《ガス》と電気併用の自動点火式に設計したものだが……見給え……この鉄の蓋を取ると、内部《なか》はこんなに広々して、底一面の電熱装置の間から瓦斯が噴き出すようになっている。何の事はないブンゼンラムプの大きなヤツを二百ばかり併列した形だ。この上に生きた物でも戴せて、瓦斯のコックを開いて電気のスイッチを捻《ね》じると、取りあえず瓦斯が飛び出して窒息させてしまう。そのうちに電熱器が熱して来て、ドカンと瓦斯に点火したら一時間経たぬうちに骨までボロボロになって終《しま》うだろう。その上に石でも瓦でも積み重ねておくと全部白熱して強烈な輻射熱を出すのだ
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