、そんな種仕掛けがあるものとは思えない。どこまでも普通の鍬としか見えていなかったのだ。……しかも、その結果は、正直のところ爆発し過ぎたと云ってもいい位で、吾輩も一時面喰った位の意外な惨劇になってしまったので、その責任を負うた吾輩は、即刻、総長室に出頭して辞職を申し出たんだが……なおよく考えてみると……何でもここいらが吾輩の実験の切り上げ時らしい。吾輩の今日までの研究に関する一切の発表はあとに若林が控えているから……実は吾輩もその時までは若林を、それほど腹の黒い奴と思っていなかったもんだからね……若林が、どうにかしてくれるだろう。序《ついで》に面倒臭いから人間の方も辞職しちまえ……というので吾輩は一旦、下宿へ帰って、あとを片付けて、それから東中洲《ひがしなかす》の賑やかな処で一杯引っかけてスッカリいい心持ちになりながら、書類を整理すべくここへ引返して見ると……又驚いたね。つい今|先刻《さっき》、吾輩がここを出かける時まで空室《あきべや》であった、あの六号の病室にアカアカと電燈が灯《つ》いている。おかしいなと思って帰りかけている小使に様子を聞いてみると、若林先生がどこからか一人のお嬢さんを連れて来て、当直の医員に頼んで、たった今入院おさせになったところだと云う。おまけにそのお嬢さんというのは、今までに見た事もない、何ともかんとも云えない美しい綺倆《きりょう》だと云うんだ。
 ……その時には流石《さすが》の吾輩も、思わずアッと感歎の膝を打ったね。コイツは面黒《おもくろ》い事になった。この様子でみると彼奴《きゃつ》若林鏡太郎はどうして一筋縄にも二筋縄にもかかる奴じゃない。彼奴の法医学者としての価値に相当する……否、それ以上かも知れない大悪党だ。第一、吾輩の前ではスッカリ猫を冠《かぶ》っているが、ウッカリすると吾輩に敗けない位の精神病学者で、おまけに人情の弱点を利用する事に頗《すこぶ》る妙を得ているという事が一ペンにわかってしまったのだ。……というのはほかでもない。この遺言書にも書いておいた通り、彼《か》れ若林鏡太郎が、この事件の勃発当時に、学長の権威を利用して彼《か》の少女を生きた亡者にしてしまって、自分の手中に握り込んだ目的がどこにあるかという事は、その当時から今日までどうしてもわからなかったのであるが、今となってみると何の事はない。彼奴は、君が或る程度まで本性を回復した
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