角にも君を落ち付かせようとしたんだ。そうしてゆっくりとこの実験を遂《と》げて、呉一郎としての君の記憶を回復させさえすれば、モウ何もかもこっちのものだと考え付いたんだ。……君が若林の見込み通りに、呉一郎としての過去の記憶を回復しさえすれば、その次に、かく云う吾輩を君の不倶戴天《ふぐたいてん》の親の仇、兼、女房の仇と認めさせる位の事は、説明の仕様で何の雑作もない事になるんだからね。……又、実際吾輩は有難い事に精神科学者なんだから、何も知らない呉一郎に催眠術でもかけて、親や女房を絞め殺させて、これだけの実験材料を拵《こしら》え上げる位の仕事はいつでも出来る自信があるんだからね。この事件の嫌疑者には持って来いの人物なんだ。ね。そうだろう」
「……………」
「そうして、もし又、万が一にもその実験がうまく行かなかったらだね。……つまりそんな書類を君に読ませても、君自身が何にも思い出さなかったら、最後の手段を用いてくれよう……今度は君に気付かれないようにソット姿を隠して、あとからキットここに出て来るに違いないであろう吾輩と君を突き合わせて、吾輩の顔を君が思い出すか出さないか……そうして思い出したら、その印象によって君自身の過去の記憶が回復されるかどうかを試験してやろう……そうして万が一にもその試験がうまく行ったら、窮極するところ、吾輩の力で吾輩を恐れ入らしてやろうという、実に巧妙|辛辣《しんらつ》を極めた計略を謀《たく》らんだ訳だ。その辺の呼吸の鋭どい事というものは、実に彼奴《きゃつ》一流の専売特許なんだよ。いいかい」
「……………」
「元来|彼奴《きゃつ》はコンナ策略にかけては独特のスゴ腕を持っているんだ。ドンナに身に覚えのない嫌疑者でも、彼奴の手に引っかかって責め立てられて来ると、頭がゴチャゴチャになって、考え切れないような心理状態に陥ってしまうんだ。とうとうしまいには何が何だかわからなくなったり、到底逃れられぬと観念したり、そうかと思うと慌てた奴は、成程|御尤《ごもっと》も千万と感心してしまったりして、知りもしない罪を引き受けたりする位だからね。近頃|亜米利加《アメリカ》で八釜《やかま》しい第三等の訊問法なんかは屁《へ》の河童《かっぱ》だ。彼奴《きゃつ》の使う手は第一等から第百等まで、ありとあらゆる裏表を使い別けて来るんだから堪《たま》らない。……現に今だってそうだ。仮りに
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