代の高貴な婦人と関係があるらしい事と、その婦人をモデルと致しました或る絵巻物を完成さすべく、呉一郎が斯様《かよう》に熱心に、女の死骸を求めているらしい事が、やっと判明して来たようであります。
 しかし、その死骸が土中に埋められたのはいつかという正木博士の質問に対して呉一郎が茫然、答うるところを知らず、そのまま自分の室に帰って考え込んでしまったのは何故か……。
 それが又、一箇月後のきょう……大正十五年の十月十九日に到って、フラリとこの解放治療場に出て参りまして、老人の鍬が空《あ》くのを一心に待ち構えているのは何故か……。
 ……こういう間《ま》にもこの狂人解放治療場の危機は、現在如何なるところから、如何にして迫りつつあるのか……。
 この疑問を明らかにし得るものは、只今のところ、この事件を調査した若林博士と、その相談相手となっている私だけ……否、スクリーンの中の正木博士……ではない……イヤそうでもない……エエ面倒臭い、吾輩にしちまえ……序《ついで》に活動写真も止めちまえ。もう一つ序に九大精神病科の教授室の深夜に、たった一人でこの遺言書を書いている、正木キチガイ博士に帰っちまえだ。
 少々ヨタが強過ぎるかも知れないが、どうせ死ぬ前の暇潰《ひまつぶ》しに書く遺言書だ。ウイスキーがいくら利いたって構うこたあない。あとは野となれ山となれだ……ここいらで又、一服さしてもらうかね。
 ……ああ愉快だ。こうやって自殺の前夜に、宇宙万有をオヒャラかした気持ちで遺言書を書いて行く。書きくたびれるとスリッパのまま、廻転椅子の上に座り込んで、膝を抱えながらプカリプカリと、ウルトラマリンや、ガムボージ色の煙を吐き出す。……そうするとその煙が、朝雲、夕雲の棚引《たなび》くように、ユラリユラリと高く高く天井を眼がけて渦巻き昇って、やがて一定の高さまで来ると、水面に浮く油のようにユルリユルリと散り拡がって、霊あるものの如く結ぼれつ解けつ、悲しそうに、又は嬉しそうに、とりどり様々の非幾何学的な曲線を描きあらわしつつ薄れ薄れて消えて行く。それを大きな廻転椅子の中からボンヤリと見上げている、小さな骸骨みたような吾輩の姿は、さながらにアラビアンナイトに出て来る魔法使いをそのままだろう…………ああ睡《ねむ》い。ウイスキーが利いたそうな。ムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャ……窓の外は星だらけだ
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