の前には、昨日《きのう》石切場で見ました巻物が行儀よく長々と拡げてありました……ヘイ……それは間違い御座いませぬ。たしかに昨日見ました巻物で、端《はじ》の金襴《きんらん》の模様や心棒(軸)の色に見覚えが御座います。何も書いてない、真白い紙ばかりで御座いましたようで……ヘイ……若旦那様はその巻物の前に向うむきに真直に座って、白絣《しろがすり》の寝巻をキチンと着ておられたようで御座いますが、私が覗きますと、どうして気《け》どられたものか静かにこちらをふり向いてニッコリと笑いながら「見てはいかん」という風に手を左右に振られました。尤も、斯様《かよう》にお話は致しますものの、みんな後から思い出した事なので、その時は電気にかかったように鯱張《しゃちば》ってしまって、どんな声を出しましたやら、一切夢中で御座いました。
 ――お八代さんはその時に私を抱え起しながら何か尋ねたようで御座いますが、返事を致しましたかどうか、よく覚えませぬ。土蔵の窓を指《ゆびさ》して何か云うておったようにも思いますが……そうするとお八代さんは何か合点《がてん》をしたようで、倒れかかった梯子を掛け直して自分で登って行きました。私は止めようとしましたが腰が立たぬ上に歯の根が合わず、声も出ませぬので、冷い土の上に、うしろ手を突いたまま見上げておりますと、お八代さんは前褄《まえづま》をからげたままサッサと梯子を登って、窓のふち[#「ふち」に傍点]に手をかけながら、矢張《やっぱ》り私と同じようにソロッと覗き込みました。……が……その時のお八代さんの胆玉《きもたま》の据《す》わりようばっかりは、今思い出しても身の毛が竦立《よだ》ちます。
 ――お八代さんは窓から、中の様子をジッと見まわしておりましたが「お前はそこで何事《なんごと》しおるとな」と落付いた声で尋ねました。そうすると中から若旦那様が、いつもの通りの平気な声で「お母さん……ちょっと待って下さい。もうすこしすると腐り初めますから……」と返事なさるのがよく聞えます。四囲《あたり》がシンとしておりますけに……そうするとお八代さんは、チョット考えておるようで御座いましたが「まあだナカナカ腐るもんじゃない。それよりも最早《もう》夜が明けとる故《けん》、御飯をば喰べに降りて来なさい」と云いますと、中から「ハイ」と云う返事がきこえまして、若旦那が立上られた様子で、窓際に
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