き事、疑《うたがい》を容れざるべし。
次に、如上の考察を事実と照合して具体的に説明すれば、まず、或る瀕死の病人に最後迄附添いおりたる者、又は、屍体の始末をなしたる人間が睡眠後……特に介抱その他に依る身神《しんしん》の疲労又は一種の安心等のために平常よりも深き熟睡に陥りたる場合に於て、その屍体より受けたる深刻なる暗示のために、前記の如き残忍性を帯びたる夢遊心理を誘起され、未葬もしくは既葬の屍体を取り出して飜弄したりとせむか。自身は殆どその自ら手を下したる事実を記憶せざるべきは当然と見るを得べし。或は、半ば朦朧《もうろう》状態に於て意識せるものとするも、彼《か》の小児の人形飜弄の如く、自己が手を下したるものとは思惟《しい》せずして、屍体そのものの活躍なりと錯覚し、一種の悪夢の如きものと信じつつ屍体を飜弄して、どこへか遺棄し去り、又は棺桶等に投入返還したるまま、床に帰りて就寝したる者が、翌朝に到りて屍体の変位、紛失等を発見するや大いに驚き、妖異の所業《しわざ》と解釈して斯《か》かる伝説の由縁《ゆうえん》を作るべき事は疑を容れず、すなわちかかる伝説、口碑の殆ど全部が、屍体に側近する者の些《すく》なき貧家の不幸事、もしくは屍体一個、側近者一個を題材として伝えられおるを見ても、その妖異の主人公が屍体そのもの、もしくは他の獣鬼等に非《あら》ず、傍《かたわら》に眠りおりたる者の夢中遊行に依るものなる事を察するに足るべく、現今、行われおる多人数の通夜の習慣は、この種の妖異の防遏《ぼうあつ》に最も有効なる事が古来|幾多《いくた》の人々の経験に依って知、不知の間に確認せられおりし事を今日に立証しおるものと見るを得べし。又、死者の枕頭《ちんとう》に刃物を置く習慣は、その刃物の光鋩《こうぼう》、もしくは、その形状の凄味《すごみ》より来る視覚上の刺戟暗示を以て、この種の夢遊病者の幻覚を破るに有効なるものありしより起りし習慣に非ざるなき乎《か》。いずれにしても斯《かく》の如く観察し来る時は、この屍体飜弄なる夢遊状態の存在は疑う余地なきところにして、特に通夜の習慣及び火葬の流行以前には、屍体の側近者によりてかなり多数にこの種の夢遊状態が実現されおりし事は自明の理なるべし。
次に如上の研究考察をこの事件と照合するに、当夜に於ける呉一郎の女性絞殺行為後の夢中遊行症は殆ど右と同様のものなるべけれども
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