団次なぞと同じ星廻《ほしまわ》りだから、三十四から四十までの間が一番災難の多い大切な時だ。尋ね人は七赤金星《しちせききんせい》で、三碧木星とは相剋だから早く諦めないと大変な事になる。双方の所持品《もちもの》同志でも近くに置くとお互いに傷つけ合おうとする位で、相剋の中でも一番恐ろしい相剋なのだから、忘れても相手の遺品《かたみ》なぞを傍近くに置いてはいけない。そうして四十を越せば平運になって、四十五を越せば人並はずれたいい運が開けて来る」と云ったんだそうです。それで僕が八ツの年に、こっちへ来たのだそうですが、「ホントにその通りだ。私は天神様や何かとおんなじ星廻りだから、文学や芸術事が好きなのだろう」って母は何遍も塾生に話して笑っていましたので、僕はそんな云い草をスッカリ空《そら》でおぼえてしまったのです。……でも七赤金星の話は僕ばかりにしかしなかったそうで、誰にも話してはいけないと口止めされていたのですけども……。
――母は直方《こちら》へ来ると間もなく、この家《うち》を借りて塾を開きました。生徒はいつも二十人位なのを、夜と昼の二組にわけて下の表の八畳で教えていましたが、大変にいい処のお嬢さん方が見えると云って母は喜んでいました。けれども母は気が短かいので、よく生徒を叱りました。又よく無頼漢《ならずもの》や不良少年見たような者が生徒をからかいに来たり、母を脅迫《おどか》してお金を強請《ゆす》ったりしましたが、そんな時も母は一人で叱り付けて追い払いました。……ですから、この家《うち》の中に這入って来た男の人は家主のお爺さんと、中学時代の僕の受持の鴨打《かまち》先生と、電燈工夫ぐらいしかありません。そのほかには、母へ手紙が来た事もなければ、こっちから出した模様もありません。あんなに懇意だった近江屋のお神さんにも便りをしなかったようで、何でもかんでも自分の居所を人に知られるのを怖がっていたようです。その理由《わけ》は何故だか、僕にも話しませんでしたけれども、大方狸穴の占者《せんせい》の云った事を本当にし過ぎて、誰かが自分を狙っているように思ったのじゃないかと思います。母は迷信家ではありませんでしたが、狸穴の先生だけは真剣に信じていたようですから……。
――けれども僕は本当の事を云いますと、この直方《のうがた》を好きませんでした。それは東京からこっちへ来ます途中で、身体《か
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