え》か判明《わか》りませぬが若林博士は、今夜に限ってタッタ一人で、或る重大な、極めて秘密の仕事を決行せねばならぬ必要に迫られているのではありますまいか……否……解剖台の前後に在る二つの扉の双方ともに、鍵を挿し放しにしている事実に照しますと無論そうでなければならぬ。普通の事件で持ち込まれた屍体の解剖や検案なぞとは違った、非常的な秘密事項が今夜の仕事に含まれているに相違ない……という事が、明らかに推測されるで御座いましょう。
 ……と思ううちに、部屋の隅の洗面器の処へ行って、手袋を穿《は》めたままの両手を念入りに洗って参りました若林博士は、やおら身を屈《かが》めまして、寝棺の白い覆布《おおい》を取り除《の》けて、これとてもこのような室には滅多に見受けられぬ、分厚い白木の棺の蓋を開きますと、中から一個の盛装した少女の屍体を取り出しました。
 前からの説明を御記憶の諸君には、最早《もはや》、この少女が何者であるかという、あらかたの御推察が付いている事と存じます。
 この少女こそは、前回に御紹介致しました本事件の主人公、呉一郎の花嫁となって、華燭《かしょく》の典《てん》を挙げるばかりに相成っておりましたその少女で、名前を呉《くれ》モヨ子と申します。当年取って十七歳に相成りまする絶世の美少女で御座います。その許嫁《いいなずけ》になっておりまする呉一郎……|K《ケー》・|C《シー》・|MASARKEY《マサーキー》会社の超特作は、超時代的、超常識的、精神科学映画『狂人解放治療』の主人公たる無双の美少年俳優の相手役となりまして、互いに、あらゆる精神科学的の妖美と、戦慄とを描き出すべきそのエース花形女優は、かくして取りあえず、寝棺の中の屍体の姿となって、諸君にお目見得をする次第で御座います。
 当年流行の新月色に、眼も眩《まば》ゆい春霞と、五葉の松の刺繍を浮き出させた裲襠《うちかけ》。紫地、羽二重《はぶたえ》の千羽鶴、裾模様の振袖三枚|襲《がさ》ねの、まだシツケの掛かっているのを逆さに着せて、金銀の地紙を織出した糸錦の、これも仕立卸《したておろ》しと見える丸帯でグルグルグルと棒巻にしたまま、白木の寝棺に納めてある……その異様な美しさ、痛々しさ。この事件の並々ならぬ内容が窺われますばかりでなく、そうした死骸を、こうして棺に納めた人々の思いまでも察せられまして、そぞろに胸が塞《ふさ》がる
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