ものが、硝子《ガラス》の皿の中から燐光を放っているので御座います。
 あれをお認めになりましたならば、賢明なる諸君は、もはやこの闇黒が、尋常一様の闇黒でない事を充分に御推察になった事と信じます。……すなわちこの闇黒は九州帝国大学、法医学教室の一隅に在る、屍体解剖室内の暗夜の状態を、すぐ横の階段下の物置から、天井裏へ潜り込んだ処に在る、板の隙間から窺《のぞ》いている光景で御座います。
 この天井裏の覗《のぞ》き穴は、よく出歯亀《でばかめ》心理に囚《とら》われた小使や、又は好奇心に駆られた新聞記者なぞがコッソリと屍体解剖を覗く処で御座いますが、よほど古くから在るものと見えまして、穴の内側の処が、爪やナイフでY字形に削《けず》り拡げられておりまして、すこし顔の向きを換えさえすれば、部屋の下半部の隅々までも手に取る如く見廻されます……のみならず、少々窮屈では御座いますが、物置の棚の上に足を伸ばしますると、三等列車に乗ったのよりもズット楽な気分で寝ている事が出来ますからまことに重宝で……件《くだん》の燐光を放っておる不浄な皿は、実は向側の隅の机の上に置いてあるので御座いますが、真上から見下して撮影致しておりますために、あのようにフィルムの上方に見えておるので御座います。
 なおこの室内に在りますものが、あの皿一つでない事は申すまでもありませぬ。しかも両側の窓の鎧戸《よろいど》や、入口の扉が、固く鎖《とざ》されておりまするために、この部屋の闇黒の度合は極めて深くなっておりますので、あの汚物の燐光が辛うじて認められます以外には、何一つ発見出来ませぬ。どこかでシイ――インと湯が湧いているような、死んだような静寂の裡に、正木博士撮影の「天然色、浮出し、発声映画」のフィルムはただ、漆のように黒く、時の流れのように秘《ひめ》やかに流れて行くばかり……五十尺……百尺……二百尺……三百尺…………。
 ……そもそも正木博士は、何の必要があってか、御苦労千万にも、その双耳、双眼式、天然色、浮出し、発声映画の撮影|暗箱《カメラ》を、この解剖室の天井裏まで担《かつ》ぎ上げたものであろう……如何なる目的の下に、斯様《かよう》な詰らない闇黒の場面を、いつまでもいつまでも辛棒強く凝視した……否、撮影し続けたものであろう……堂々たる大学教授の身分でありながら、斯様な鼠と同様の所業に憂身《うきみ》をやつすとは
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