非《あら》ザルベキモ亦自明ノ理ナルベシ。而シテ此《かく》ノ如キ犯罪ニ対シテ、吾人法医学者ハ、如何ニシテ犯罪ヲ調査シ、兇器ヲ研究スベキヤ。如何ナル基礎知識ニ照シテ、犯行ノ径路、手段ノ内容ヲ明カニスベキヤ――云々――
[#ここで字下げ終わり]
……どうです諸君。吾が畏敬すべき法医学者、若林鏡太郎君は、遠からず全世界に大流行を来《きた》すべき「精神科学応用の犯罪」を研究して、その流行を未然に喰い止めるべく、その実例を蚤取眼《のみとりまなこ》で探している。その犯罪の被害者らしい精神病者や自殺者が、地上到る処にウヨウヨしているに拘わらず、その犯行の手がかりとなるべき暗示材料、その他の証拠が見当らないために、本当の研究が発表出来ないという悲惨事に直面して、あらゆる苦心惨憺を続けている。そうして、あらゆる人間の身振り、素振り、眼付き、手付き、口つき、言葉つきの端々《はしばし》に到るまでも、精神科学応用の犯罪ではないかと疑い続けているのだ。
……然《しか》るにだ……。
……諸君どうです……。
ここに一つドエライ研究材料が、吾輩の処へ転がり込んで来たものだ。……もっともコイツを最初に発見したのは、今の若林鏡太郎君で、同君はこれを空前の「精神科学応用の犯罪」に相違ないと睨んで、調査を遂《と》げて来たものなんだが、一方に、吾輩の所謂「心理遺伝」の参考材料としても、その価値は形容の出来ない程に素晴らしいものがある。しかも、そいつに釣り込まれて、ウッカリ手を出したのが運の尽きで、流石《さすが》の吾輩も十万億土行きの片道切符を買って、裸一貫で逃げ出さなければならない破目に立到ったほど、それほど左様に恐しい研究材料だったのだ。……その発狂の動機となっているモノスゴイ暗示材料の正体は勿論の事、その心理遺伝に支配された夢中遊行開始前後の怪奇、悽愴《せいそう》を極めた状況。もしくは心臓がトロトロと溶解して、流れて行くくらい気持のいい、心理遺伝の内容の詳細まで、何一つ遺憾なく完備した、途方もない調査記録が手に這入《はい》ったのだ。実に、国宝とも世界宝とも何とも言いようのない……極度に科学的で、徹底的にローマンチックな、エロ、グロ、ノンセンス共に百二十パーセント以上の含有量をもった……空前絶後の超々特作的スケールの雄大さと、ストーリーの深刻さをあらわした……実にソノ何とも彼《かん》とも……。
ア
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