で、本籍の名前も町人らしくない清河原《きよかわら》という苗字で御座います。つまり彼女は、発病致しませぬ前までは、環境《まわり》の風俗にカブレて町家の娘らしく振舞っていたで御座いましょうが、一旦、精神に異状を呈してしまいますと、最近、一二代の間に出来た町家風《まちやふう》の習性をケロリと忘れて、先祖代々の堂上方の気風を、そのままにあらわしているので御座います。
 ……ハイ……御質問ですか。サアどうぞ……。
 ……ナナ……ナル……ナルホド……如何にも御尤《ごもっと》も千万……よくわかりました。つまり「心理遺伝」というものはタッタそれだけのものか……タッタそれんばかりの研究のために、正木博士は生命《いのち》がけの騒ぎをやっているのか……と仰言《おっしゃ》るのですね。
 ……恐れ入りました。多分その御質問が出る頃と存じましたから、このフィルムの編輯者の方でも気を利かしまして、次には心理遺伝の発見者である当の正木博士を、正面のスクリーンに映写致しますと同時に、只今の御質問について一場の講演をさせる順序に取計《とりはか》らっております。……九大の狂人《きちがい》博士として、アインスタイン、スタインナハ以上に有名な正木博士がスクリーンに現われましたならば、何卒、割《われ》むばかりの拍手を以て、お迎えあらむ事を希望致します。何故かと申しますと当の御本人が非常な拍手好きで、講義中でも学生に拍手させるのを何よりの楽《たのし》みに致しておった位で御座いますから……ナニ……何ですか……スクリーンの中からじゃ、手を叩いても聞えまい……?……。アハハ。これは御尤も千万……ところが聞えるから不思議で御座います。論より証拠……たたいて御覧になればわかる事で……どこに種仕掛《たねしかけ》があるかは、眉に唾《つば》をつけて御覧になれば、すぐに、おわかりになる事と存じますが……エヘンエヘン…………。
 ……エエ……これが天下に有名な九州帝国大学、医学部、精神病科教授、医学博士、正木|敬之《けいし》氏で御座います。背景は九州帝国大学、精神病科本館、講堂のボールドで、白い診察服を着ておりますのは、平生の講義姿をそのままに画面にあらわしたもので御座います。
 お眼止《めどま》りました通り、身長は五尺一寸キッカリしかない、色の浅黒い小男で御座いますが、丸い胡麻塩《ごましお》頭を光る程短かく刈込んだところから、高
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