無数の狂人の中から選み出された精神異状の代表的チャムピオン……もしくは正木博士の過去二十年間の御研究に係る心理遺伝の原理を、身を以て直接に証明すべく現われた、世界的の標本とも見られるので御座います。
 その先頭第一に御紹介致しまするは、最前から赤煉瓦塀の横で畠を打っております、あの白髪頭《しらがあたま》の老人で御座います。
 この老人は、名前を鉢巻儀作《はちまきぎさく》と申しますが、その五代前の祖先、すなわちこの儀作の曾々祖父に当ります者は、福岡の御城下、鳥飼《とりかい》村に居りました名高い豪農で、同名|儀十《ぎじゅう》と申す者で御座いました。その儀十という男は、生れ付き左利きで御座いましたが、仲々の体力と精力の持主で、自分一代のうちに鍬一本で、大|身代《しんだい》を作り上げて、御領主黒田の殿様から鉢巻という苗字と、帯刀を許されたという立志伝中の人物だそうで御座います。
 ところで又、何が故にそのような奇妙な苗字を頂戴に及んだかと尋ねますると、この鉢巻と申しまするのは元来、この男の若い時分の綽名《あだな》で御座いました。つまり汗を拭う時間が惜しいというので、田畠の仕事を致します時には、いつも眉の上の処に、手拭《てぬぐい》で後鉢巻《うしろはちまき》を致しておりましたところから来た綽名だというので御座いますから、如何にその働らき振りが猛烈であったかが、おわかりになるでしょう。夜が明けてから暮れる迄の間に休むのはタッタ一度だけ……福岡、舞鶴城の天守の櫓《やぐら》で、午《うま》の刻……只今の正午のお太鼓がド――ンと聞えますと、すぐに鍬を放り出して、近くの堤《どて》か草原《くさばら》の木蔭か軒下《のきした》に行って弁当を使う。それから約|半刻《はんとき》……と申しますと只今の一時間で御座いますな。その間、午睡《ひるね》をしてから、ムックリ眼を醒ましますと又、日が落ちて、手元が見えなくなるまで休まないというのですから豪気なもので……多分この男も一種の偏執性性格といったような素質を持った人間で御座いましたろうか。その赤黒い額に残った白い、横一文字の鉢巻の痕跡《あと》が、息を引き取った後迄《のちまで》も消えなかった。殿様の前に出た時も同様で御座いましたので、お側に居った慌て者が「コレコレ鉢巻を取れ」と申しましたところから、殿様が大層、興がらせられて、斯様《かよう》な苗字を賜わったと
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