、しかしその体躯《からだ》を見ますと御覧の通り、腕も、脛《すね》も生白くて、ホッソリ致しておりまするのみならず、老齢の労働者に特有の、首筋をめぐる深い皺も見えませぬので、いずれに致しましても、こんな百姓の仕事に経験のある者とは思われませぬ。ことにミジメなのはその掌《てのひら》で、鍬を握っておりますから、よくは見えませぬが、その鍬の柄《え》の処々に、黒い汚染《しみ》がボツボツとコビリ付て見えましょう。あれは、その掌の破れた処からニジミ出している血の痕跡《あと》で御座います。しかも……老人は、それでも屈せず、撓《たゆ》まず、セッセと鍬を打ち振て行くところを見ますと、正木博士の発見にかかる、心理遺伝の実験が、如何に残忍、冷厳なものであるかという事が、あらかた、お解りになるで御座いましょう。
 次にあらわしまするはその横に突立《つったっ》て、老人の畠打《はたうち》を見物致しております一人の青年で御座います。お見かけの通り黒っぽい木綿着物に白木綿の古|兵児帯《へこおび》を締《しめ》て、頭髪《あたま》を蓬々《ぼうぼう》とさしておりますから、多少|老《ふ》けて見えるかも知れませぬが、よく御覧になりましたならば、二十歳前後のういういしい若者であることが、おわかりになりましょう。久し振りに日陽《ひなた》に出て来ましたせいか、肌が女のように白く、ホンノリした紅い頬に、何かしらニコニコと微笑を含みながら、鍬を振り廻す白髪の老人の手許を一心に見守っております。その表情だけを見ますと、ちょっと普通人かと思われますが、なおよくお眼を止めて御覧下さい。その眼眸《まなざし》と、瞳の光りの清らかなこと……まるで深窓に育った姫君のように静かに澄み切って見えましょう。これは或る種類の精神病者が、正気に帰る前か、又は発作を起す少し前に、あらわしまする特徴で、正木博士が始終手にかけておられました、真狂《しんきょう》と、偽狂《ぎきょう》の鑑定の中でも特に鑑別し難い眼付なので御座います。
 次には今の老人と青年の、遥か背後《うしろ》の方に跼《かが》まっている一人の少女にレンズを近付てみます。お見かけの通り、幽霊みたように青白く瘠せこけたソバカスだらけの顔で、赤茶気た髪を括《くく》り下げに致しておりますが、老人が作りました畠の縁《へり》に跼みまして、繊細《かぼそ》い手で色んなものを植え付ております。桐の落葉、松の
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