るのである。
 何の記憶もない筈の赤ん坊が、眠っているうちに突然に魘えて泣き出したり、又は何か思い出したようにニッコリ笑ったりするのは、母胎内で見残した「胎児の夢」の名残を見ているのである。生れながらの片輪《かたわ》であったり、精神の欠陥が在ったりするのに対しても、それぞれに相当の原因を説明する夢が、その胎生の時代に在った筈である。又は胎児の骨ばかりが母胎内に残っていたり、或は固まり合った毛髪と、歯だけしか残っていないような所謂《いわゆる》、鬼胎《きたい》なるものが、時々発見されるのは、その胎児の夢が、何かの原因で停頓するか、又は急劇に発展したために、やり切なくなって断絶した残骸でなければならぬ。[#地から1字上げ]――以上――


  空前絶後の遺言書[#「空前絶後の遺言書」は本文より5段階大きな文字]

      ――大正十五年十月十九日夜[#「――大正十五年十月十九日夜」は本文より1段階大きな文字]
[#地から2字上げ]――キチガイ博士手記

 ヤアヤア。遠からむ者は望遠鏡にて見当をつけい。近くむば寄って顕微鏡で覗いて見よ。吾《われ》こそは九州帝国大学精神病科教室に、キチガイ博士としてその名を得たる正木敬之とは吾が事也。今日しも満天下の常識屋どもの胆《きも》っ玉をデングリ返してくれんがために、突然の自殺を思い立《たっ》たるその序《ついで》に、古今無類の遺言書を発表して、これを読む奴と、書いた奴のドチラが馬鹿か、気違いか、真剣の勝負を決すべく、一筆見参仕るもの……吾と思わむ常識屋は、眉に唾《つばき》して出《い》で会い候え候え……。
 ……と書き出すには書き出してみたがサテ、一向に張合がない。
 ……ない筈だ。吾輩は今、九大精神病学教室、本館階上教授室の、自分の卓子《テーブル》の前の、自分の廻転椅子に腰をかけて、ウイスキーの角瓶を手近に侍《はべ》らして、万年筆を斜《ななめ》に構えながら西洋大判罫紙《フールスカップ》の数帖と睨《にら》めっくらをしている。頭の上の電気時計はタッタ今午後の十時をまわったばかり……横啣《よこくわ》えをした葉巻からは、紫色の煙がユラリユラリ……何の事はない、糞勉強のヘッポコ教授が、居残りで研究をしている恰好だ。トテモ明日《あす》の今頃には、お陀仏《だぶつ》になっている人間とは思えないだろう。……アハハハ……。
 吾輩は、いつもコンナ風に、
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