夢」に関する二つの大きな不可思議現象を解決する事によって、直接、間接に立証されて来るのである。
まず第一に、人間の胎児が母の胎内に宿った時、その一番最初にあらわしている形は、すべての生物の共同の祖先である元始動物と同様に、タッタ一つのマン丸い細胞である。
そのマン丸い細胞の一粒は、母胎に宿ると間もなく、左右の二粒に分裂増殖する。そうしてそのまま密着し合って、やはり一個の生物となっている。
その左右の二個はやがて又、各々《おのおの》上下の二個ずつに分裂、増殖する。そうして矢張《やは》り、その四個とも一つに密着し合って、母胎から栄養を摂《と》りつつ、一個の生物の機能を営んでいる。
かようにして四個、八個、十六個、三十二個、六十四個……以上無数……という風に、倍数|宛《ずつ》に分裂しては密着し合って、次第次第に大きくなりつつ、人類の最初の祖先である単細胞の微生物から、人間にまで進化して来た先祖代々の姿を、その進化して来た順序通りに、間違いなく母胎内で繰返して来る。
まず魚の形になる。
次にはその魚の前後の鰭《ひれ》を四足に変化さして匐《は》いまわる水陸両棲類の姿にかわる。
次には、その四足を強大にして駈けまわる獣《けもの》の形態をあらわす。
そうして遂には、その尻尾《しっぽ》を引っこめて、前足を持上げて手の形にして、後足で直立して歩きまわる人間の形……普通の胎児の姿にまで進化してからオギャアと生まれる……という段取りになるので、そうした順序から、これに要する時間までも、万人が万人、殆ど大差ないのが通例になっている。
これは胎生学上、既にわかり切っている事実で、誰一人、否定し得ない現象であるが、扨《さて》、それならば、あらゆる胎児は何故《なにゆえ》に、そのような手数のかかる胎生の順序を母胎内で繰返すのであろうか。何故に、直ぐさま小さな人間の形になって、そのままに大きくなって、生まれて来ないのであろうか。又は、最初のタッタ一粒の細胞が何故に、そんなに万人が万人申合せたように、寸分|違《たが》わぬ胎生の順序を繰返して来るのであろうか。すなわち……
「何が胎児をそうさせたか」
という問題になると、誰一人として適当の解釈を下し得るものが居ない。現代の科学書類の隅から隅まで探しまわってもこの解釈だけは発見されない。唯、不思議というよりほかに説明の仕様がない事にな
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