飽き果てていた尖端人種は、これを聞くや否や大喝采裡に共鳴した。吾《わ》れも吾れもとヘポメニアス氏の迷説を丸呑みにした。『脳髄は物を考えるところ』という錯覚を、プレミヤム付きで迷信してしまった。
「そうだそうだ。この世界には神様なんか存在しないんだ。すべては物質の作用に外ならないんだ。吾々は吾々の頭蓋骨の中に在る蛋白質の化学作用でもって、新しい唯物文化を創造して行《ゆく》んだぞッ……」
 ……と……。

 かくして物の美事に人間世界から神様を抹消《ノックアウト》した『物を考える脳髄』は、引続いて人間を大自然界に反逆させた。そうして人間のための唯物文化を創造し初めた。
 脳髄はまず人間のためにアラユル武器を考え出して殺し合いを容易にしてやった。
 あらゆる医術を開拓して自然の健康法に反逆させ、病人を殖《ふや》し、産児制限を自由自在にしてやった。
 あらゆる器械を走らせて世界を狭くしてやった。
 あらゆる光りを工夫し出して、太陽と、月と、星を駆逐してやった。
 そうして自然の児《こ》である人間を片《かた》っ端《ぱし》から、鉄と石の理詰めの家に潜り込ませた。瓦斯《ガス》と電気の中に呼吸させて動脈を硬化させた。鉛と土で化粧させて器械人形《ロボット》と遊戯させた。
 そうしてアルコールと、ニコチンと、阿片《アヘン》と、消化剤と、強心剤と、催眠薬と、媚薬と、貞操消毒剤と、毒薬の使い方を教えて、そんなもののゴチャゴチャが生み出す不自然の倒錯美[#「不自然の倒錯美」に傍点]をホントウの人類文化と思い込ませた。……不自然なしには一日も生存出来ないように、人類を習慣づけてしまった。
 ……そればかりでない……。

 人間世界から『神様』をタタキ出し、次いで『自然』を駆逐し去った『物を考える脳髄』は、同時に人類の増殖と、進化向上と、慰安幸福とを約束する一切の自然な心理のあらわれを、人間世界から奪い去った。すなわち父母の愛、同胞の愛、恋愛、貞操、信義、羞恥、義理、人情、誠意、良心なぞの一切合財を『唯物科学的に見て不合理である。だから不自然である』という錯覚の下に否定させて、物質と野獣的本能ばかりの個人主義の世界を現出させた。そうして人類文化を日に日に無中心化させ、自涜《じとく》化させ、神経衰弱化させ、精神異状化させて、遂に全人類を精神的に自滅、自殺化させた虚無世界の十字街頭に、赤い灯、青い灯
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