頭たたいて頂きまする……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。アタマたたいて頂戴しまする。なれど、そういう願人坊主が。やはり「キの字」の片割《かたわれ》らしいぞ。眼付き風付《ふうつ》き何やらおかしい。非人乞食に劣らぬ姿で。道のほとりに鞄《かばん》を投げ出し。駄声《だごえ》はり上げ木魚をチャカポコ。昼の日中《ひなか》に外聞|晒《さら》す。しかも文句が常識外れた。世界文化の千万円じゃの。耳に聞こえず眼にさえ見せない。人の心の狂いを直すの。古今独歩の研究なんどと。途方|途轍《とてつ》もない事並べて。寄附を集めるイカサマ坊主じゃ。そんな古手にかかると思うか。要らぬ処で道草喰うたぞ。早く行こうと仰言《おっしゃ》るならば。これは如何《いか》さま尤《もっと》も千万。道理至極じゃスカラカ、チャカポコ。頭たたいてお詫びをしまする……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。頭たたいてお詫びをしまする。そもやそもそも一体全体。こんなスカラカ、チャカポコ頭が。身の程知らない木魚をたたいて。頼み手も無い金にもならない。要らぬ赤恥、天日《てんぴ》にさらげる。事の起りはキチガイ地獄じゃ。文明社会の裏面に拡がる。無茶と野蛮の底抜け地獄じゃ。筆も言葉も木魚も及ばぬ。むごさ、せつなさ、悲しさ辛《つ》らさを。底の底まで見て来たお蔭で。こちらの頭が少々変テコ。これをこのまま棄ててはおけぬと。思い込んだが因果のはじまり。これを助ける方法手段を。あれよこれよと思案のあげくが。精神病者を無料で預る。デカイ病院建てるが第一。それを建てるにゃ皆様方の。輿論のお力借りねばならぬ。又は一厘一銭たりとも。無駄に使わぬ思案の果だよ。思い付いたる乞食の姿が。お眼に障わったお詫びの印じゃ。今のキチガイ地獄の歌をば。印刷《はん》に起した斯様《かよう》な書物を。お立ち会い衆へお頒《わか》ちしまする。お金は要らないお願いしまする。持って帰ってお読みなされて。これはどうやら真実《ほんとう》らしいぞ。寄附をしようかと思うたお方や。扨《さて》は私の一生仕事の。狂人救済事業の中味を。もっと詳しく調べてみたい。又は世界の漫遊みやげの。眼先変ったキチガイ話や。家の祟《たた》りや血統《ちすじ》の障《さわ》りや。生霊、死霊の怨みやなんぞが。人の心を狂わせ惑わす。スゴイ因果の因縁話を。聞いてみようかそれとも又は。何か大勢集まる場所で。そんな話をやら
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